「おい、虎徹」 トレーニングに身が入らずベンチで項垂れていた虎徹の頭上から、知己の声が掛かる。 「ロックバイソンか」 「お前、最近変だぞ」 のろのろと顔を上げれば、いかめしい顔を心配げに歪めたロックバイソンが虎徹を覗き込んできた。 どこかおかしい所はないかと四方八方から様子を伺おうとする気の置けない友人に、虎徹は苦笑した。 「大丈夫だ。心配掛けて、悪い」 「うわ、お前が俺に殊勝な態度とは、こりゃ気持ち悪い」 大きな口を開いてからからと笑いながら、虎徹の隣に腰掛けてきた。 ほれ、と手渡されたミネラルウォーターを反射的に受け取り、冷えたボトルの心地よさを掌で味わう。 ロックバイソンは自分の分であるペットボトルに口をつけ一気に中身を呷った。 喉仏を幾度も上下させ、無防備に晒される首元をいくつもの汗の玉が流れていくのをぼんやりと見つめる。 ここに来てから早一時間、まともに身体を動かしていないことに今更気付いた虎徹は、心底情けない気持ちになった。 「なあ、バーナビーと何かあったのか」 「え、いや別に」 咄嗟に言葉を濁したものの、同じヒーローとして日々事件現場を駆け抜ける彼を誤魔化すことなどとうに不可能だった。 「……悪い」 「いや、判ってんならいいんだよ。でも、皆心配してるぞ」 あれからバーナビーとの間に肉体関係はなく、必要最低限の挨拶しかしなかった。 ただバディを「仕事」と割り切っているのか以前に比べて連携も増え、何よりビジネスを最優先するロイズは二人の活躍にご満悦なのが何とも皮肉だった。 (仕事以外の分野には、興味ないんだろうな……) ヒーロー仲間ですら判る変化を上司であるロイズが把握していないことを責めるのはお門違いだろう。 「会話は勿論、喧嘩なんて日常茶飯事だったのによ、ここの所はそんな姿すら見ねーもんなあ」 「平和が一番だろ、街もここも」 「不気味すぎんだよ。不自然な空気撒き散らしやがって、一緒の空気を吸っている俺たちの身にもなれっての」 喧嘩だってひとつのコミュニケーションだろ、と肩を竦める親友に虎徹も頷く。 目の前の男との友情も喧嘩の果てに生まれここまで続いている。 遠くまで来たもんだなあと何気なく呟いた虎徹に、老成には早いと間髪居れずに突っ込みが入った。 「まあ、二人のことに首を突っ込む気は無いが、とりあえずここに来たのならダラダラすんのは止めろ。 お前もバーナビーも、上の空でトレーニングなんかしてたら、そのうち死ぬぞ」 ヒーローは甘い仕事じゃないと諭し心配してくれるロックバイソンの気持ちが有難かった。 ヒーローという職業は誰だってなれるものでもなければ、時には自らの命を天秤にかけるような場面にも遭遇する、危険な仕事だ。 極力そういった事態に陥ることのないよう、日々トレーニングに励み、こうしてヒーロー同士顔を突き合わせて情報収集にも努める。 様々な要素を高いレベルで求められるこの仕事は事件の解決だけでなく、エンターテイメントを盛り上げる一端も担っているから、 本当に楽な仕事ではない。一朝一夕でどうにかなる物ではないから、こうした積み重ねの重要さは承知している。 ちらりと見渡した先に件の男を見つけた。 今まさにランニングマシーンから離れようとする男とばっちり目が合ってしまったが、すぐさま逸らされてしまう。 密かに痛む胸を堪えて、虎徹はふらり立ち上がった。 「……悪かったな、バイソン。言わせちまって」 「俺だけじゃねーっての。サボる暇があるなら皆に謝って回るか、身体でも動かせ」 引き続き休憩だとベンチでふんぞり返る大きな男に手を上げて、虎徹は近くのマシンへ足を向けた。 もう終わった事なのだ。自分にとっても、あの男にとっても……過ぎた時間が少なすぎるのだと、未だ残るグリーンの瞳を追い払って、 まずは目先のことに集中しようと努める。同じ轍を踏まない為にも。 「ッ!?」 マシンのスイッチへ指先を伸ばした途端、右腕に嵌められたPDAがけたたましく鳴り響いた。 青く浮き上がるコールの文字、反射的にリストに触れると同時、アニエスが現われる。 『タイガー、バーナビーの二人でサウスブロンズのシュテルン湾に向かって頂戴。既にトランスポーターは準備してあるから』 詳しくは移動中に話すと、ぶつりと切れた通信から目線を上げて周囲を見渡せば、そこにはもうバーナビーの姿はなかった。 「くそっ」 同じようにPDAから通信が入っている各ヒーロー達を横目に、虎徹は見えない背中を追いかけるようにトレーニングルームから飛び出していた。 ⇒続き