Nudist





「タイガー、君、こんな所に刺青を彫っていたのかい?」  さあこれから挿入という場面で、正面から圧し掛かる男が首を傾げた。  桃色のスキンに包まれた勃起を見せ付けながら不可思議な物を見るような表情をされるとやけに面白可笑しく見えて、虎徹は笑いを噛み殺して軽く頷いた。 「刺青なんて、ファッションのひとつでしょう……? 俺だって、自慢の尻を更に見栄えよくしようと、必死なんっすよ……」  大腿を掴む手によって足を大きく開かされ、腰を高くしたポーズは胸が圧迫されて話すのも辛い。先の快感交じりの呼気をはあはあと零し、  緩んだ口端からとろり溢れた唾液を手の甲で拭い取る。縋る場を探すふりをして、やたらなめらかなシーツの表面に擦り付けた。  手癖の悪い虎徹に男は気を留めず、挿入の体勢を保ったままレンズ向こうの瞳で一点を見つめている。  こういう時、服は脱いでも眼鏡だけは外さないタイプらしく、ベッドの上で外した姿を今まで見た事がない。  一方の虎徹も、今晩のように馬鹿高いホテルへ赴き「営業」をこなす際には「ワイルドタイガー」として出向しているので、常にアイパッチをしているのだが。  よくよく見ようと更に腰を高く持ち上げる男の強引な手に手を重ね、ぎゅっと握った。 「そこは後でいいでしょう? ……早く、あなたを下さい」  アイパッチ越しの瞳で恍惚と見上げる虎徹に、男の視線の矛先が変わった。  シャープな尻のラインを辿るようにして狭間の奥、誘うように蠢いている窄まりへと目が釘付けになる。念入りに解されペニスの到来を  待ち焦がれるそこは今、排泄器官ではなくセックスの為の性器として存在している。たっぷりとローションを注がれたアナルは女のように濡れ、  乾いた空気に触れているだけで快感が押し寄せひくひくと収縮を繰り返していた。  体勢のせいで全てを曝け出さずにはいられない股の奥へと視線をくれる青い眼が、重い興奮を湛えてゆくのを内心で苦笑する。 (本当、男ってやつは嫌になるほど、簡単だなァ……)   敏腕を振るう某企業の社長である目の前の相手は真面目で温厚、慈善事業にも精を出す善良を絵に描いたような男だ。  周囲からの評判も良く、常に紳士的な態度を崩さない彼はセックスの時も同様だった。乱暴な行為を唆したことは一度だってなく、  毎回時間を掛けて虎徹の身体を拓いて抱く。直接尋ねた事はないが、ヒーローの中で一番ワイルドタイガーが好きなのだと  初対面の際に言っていたから、仕事に支障が出ないよう気を遣っているらしかった。 (まあ、それだけじゃねーみてぇだけど……)  最近気がついた事がある。この男がファン以上の親しみを、虎徹に対して抱いていることに。  口に出されなくとも身体を重ねていれば判るものだ。虎徹を見る瞳には欲と優しさが滲み、節の太い指は愛を請うように身体を這い回る。  穿つ腰は全てを奪いかねないほどに激しく情熱的で、熱に溺れながらも相手に対する気遣いは忘れない。  恋人でも愛人でも無い、セックスを対価に少しばかり融通を請う関係なだけで、時に愛情を伺わせる様な手管を見せられると酷く居心地が悪かった。  ペニスを握る男の肉付きのいい腰周りへ足を絡めながら虎徹は思う。それも仕方のないことだと。  こうして肌を重ねれば嫌でも情が湧くし、何より虎徹との付き合いは男の薬指に嵌められた指輪の相手よりも長かった。  事後のベッドで女性の写真を差し出しながら結婚すると言われて、どれほど素敵な女性なのかを饒舌に惚気る姿は幸せそのもので、  自分の時を思い出しながら「おめでとう」と口にしてまだ二年も経っていない。  いつから心を寄せられていたのか判らないし、相手にどのような心の移り変わりがあったのか、興味すら無い。  利害の一致――虎徹にとって最初から今日まで、この行為は「営業」以外の他にはないのだから。 「君が欲しい、タイガー」  この先だってないだろう。  熱っぽく見やり、許しを請う男に頷きながらも、虎徹の頭を過ぎるのはただ一人だけだ。 「んあっ、あああ……っっ!!」  ぬるついた窄まりに切っ先が押し当てられ、一気に深みまで突き立てられる。  柔らかく解れていたとはいえ、指とは比べ物にはならない質量を一息で受け止める衝撃に、虎徹の身体は大きく撓った。  抱かれ慣れた身体は性急な繋がりにも痛みを感じる事無く、漸く与えられた熱いペニスに悦んだ。  間もなくしてぐじゅ、じゅぷと卑猥な水音を立てながら激しく腰を動かす男に合わせて、虎徹も淫蕩に尻を揺すり立てる。 「んあっ、やっ……もっと、もっと……っ!」  涎で汚れたシーツを強く握り締めて虎徹は悦びに噎び泣いた。  声は少しも我慢しない。声を出す事と快楽に従順である事を、目の前の男が望むからだ。 「相変わらずの、締め付けだな……タイガー、君は、本当に素敵だっ……!」  欲望に駆られた男の荒い呼気で耳を濡らされながら、言葉の意味を身体で思い知る。  凄い、素晴らしいと何度も褒め称えられ、虎徹の内壁は貪欲に逞しい熱を啜り離さない。男の律動は巧みではないが、セックスに慣れた  虎徹の身体は相手から与えられる刺激全てを快感に変えて深い情欲へと堕ちてゆく。  弓なりに撓る身体を「淫乱」と優しく罵られて熱が上がる。男を見る目が熱で溶け、媚びがじわりと滲んでゆく。  何よりも厭う言葉だったはずなのに、今では快感と直結し絶頂へと引き上げるキーワードとなった。  虎徹もまた雄の欲望を剥き出しにして快楽を貪りながらも視線を下肢、腹にべたりと張り付くどろどろの愚息を越えた先へと向ける。  色の違う肌が打ち付けられる部分、男が気にしていた場所へと。  尻の刺青には、続きがある。  律動の度に引き攣れ、微かな痛みと熱を帯びるその疵は、未だ新しい。 『今晩、僕の部屋へ』  約束のホテルへと入る前、彼から届いたメールは用件だけの簡素なものだった。  味気ない言葉でさえ、反芻すると今虎徹を苛む快感では決して届かない、身体の奥深い場所が期待で疼いてしまう。  ひとたび意識すれば疼きはもっと強くなり、場にそぐわぬ甘い感情が心を揺らす。 (バニー、バーナビー……早く会いてぇ……)  ゆらゆらと不規則に揺れる足の間にいるのが醜い出っ腹の男じゃなく、一寸の隙なく引き締まった逞しい体躯の男だったら――バニー、バニーと  声なき声で呼びながら虎徹は目の前の身体に縋り付いた。肩口に顔を埋め、頬に触れる弛んだ肉の感触に心から求める相手との  差異を感じて一気に現実を思い出す。  いくら男に抱かれ慣れているとはいえ、心だけは最初の頃から変わっていない。 「営業」という形で関係を強要し、同性に欲情する男に対しての強い嫌悪感は常に胸にある。  だらしなく股を開き、快楽を乞う今だって虎徹の中に存在している。  しかし、最終的に営業を承諾し、書面にサインを走らせたのは誰でもない、虎徹自身だった。  致し方ない理由を重荷とし、現実を恨むのは間違っている。   彼は息を吸うように、もっと早くあなたと出会いたかったと言う。 (俺だってそうだ。もっと早くお前と出会っていれば……)  一層激しくなる抽挿の最中、虎徹は互いの肌の間で揉みくちゃにされている自らのペニスへと指を沿わせた。  射精を請い大きく膨らんだ昂ぶりをぐじゅぐじゅと擦りながら腹に触れれば、先走りでぬめる肌の奥で、遠慮のない男の律動と疎ましいほどの熱さを感じる。 (……ここにいるのは、お前だった……)   ああっと一際高く長い嬌声を上げた虎徹は、枕に頭を押し付けるようにして天井を仰ぎ見た。  波打つベッドに身を預け定まらない視線の先でまぐわう二人の影を見つける。  互いの身体へ四肢を巻き付け、全てを奪い合うように絡まる様はまるで情熱的な恋人同士のそれだった。  尻に刻まれた疵が疼く。虎徹を責め苛むようにじくじくと熱を持って痛みを発する。  刃を肌に埋め込む時、バーナビーは虎徹と同じ顔をしている。  自らがそうされるかのように怯え、真っ直ぐに引き結ばれた唇を戦慄かせる。  この痛みは自分だけの物じゃないと、彼の痛みでもあるのだと気付いたのは、先の新しい疵のおかげだ。  ひとつ、ひとつと肌に刻まれるたび、バーナビーの心に虎徹という疵が刻まれるのだろう。  言葉よりも明確に、消えることの無い想いを刻み合える術を、これ以外では知らない。 「……お前の気が済むまで、身体なんていくらでもくれてやるよ……」  低く呟いた虎徹に、身体を仰け反らせ一人先にエクスタシーを迎えた男は気がつかなかった。                                   

 

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