Love pool





(それだけじゃない)  互いを想い合う言葉を重ね、愛しい身体を抱き締めて、恋人である喜びを伝え合うようにキスする事も当たり前となった。  虎徹の恋人として寄り添い初めてまだ日は浅いが、その中でバーナビーは彼と向き合い触れて知った顔は数え切れない。  上手くいく日もあれば悪い日もあって、覚えがないほど喧嘩し、だけど寄り添っている。  虎徹さん、吐息混じりに呼んでは額に額を重ねて温かい肌に甘えた。  こうして息を吸うと、自分でも知らない身体の奥深くまで満ち足りた気持ちになる。 (……でも、もう足りない)  腰の裏で組んだ指先を虎徹のベルトに引っ掛けた。  これを抜き取って肌を暴きひとつになりたいと、いつも思っている。彼が腕を伸ばして自分を欲してくれる日を願うよりも、かなり前からだ。  彼は、今の付き合いに物足りなさを感じたことはないのだろうか。  答えを求めて鳶色の瞳を覗き込みながら、バーナビーは考える。  付き合って四ヶ月。バーナビーと虎徹は、未だにセックスはおろか、触れ合った事すらなかった。  恋人の数だけ相応しいタイミングというものはあるだろうから、最初の頃は深く考えることはなかった。  彼と過ごす時間の大切さを日々実感しているし、触れるだけでも充足感を得られる。  気恥ずかしくて口には出し辛いが、虎徹と恋人関係となって幸せを感じない日は無かった。  心から満たされている。その言葉に偽りは無いが、男の身体は即物的な行為を求めるものだ。触れたい、率直に言えばセックスがしたい。  この欲求は虎徹に好意を抱き始めてから、ずっと胸にあるものだった。片思いの頃から想像の彼を何度も抱いて、奇跡的に  恋人になった今でもバーナビーは一日だってやめなかった。  好きなのだ、虎徹のことが。相手を想ってこその身体の変化さえ、いっそ誇らしさすら感じてしまうほど、好きで好きで堪らない。  本当はがむしゃらに抱き締めて、無理矢理にでもモノにしたい。  裡にある暴力的な欲求を抑えこんで、柔らかく抱き締めることが出来るのも虎徹が愛しいから他ならない。  散々我慢を強いられてきたから、恋人同士となり更なる我慢が積み重なっても、耐えられる自信がバーナビーにはあった。  一日一日、虎徹との付き合いが増えるにつれて甘い考えであることに気がつき始めて、とうとう胸の裡を吐露してしまったのが約一ヶ月前。  付き合って三ヶ月目のことで、相当切羽詰った顔をしていたのだろう、労わるような表情で頭を撫でてくれた虎徹の答えは、NOだった。  面と向かって断られて愕然としたものの、あまりにも急な誘いだ。  心の準備なくしては踏み切れない事もあると思い直して、その晩はそのまま流れていった。  あれから性懲りもなく、何度か誘いを掛けたが一度だって彼は首を縦に振ったことはなかった。  やはり男同士の恋愛は無理だったのかと暫く様子を見ていたが、彼の性格上、バーナビーが告白した時点で即座に断るはずだ。  好意を示せば返してくれる虎徹に嘘はないから、気持ちを疑ったことはない。  もし、男同士でのセックスに躊躇いがあるというのなら、バーナビーだって同じだ。  同性と付き合うのは虎徹が初めてで、セックス自体の経験はあれど、女と同じように抱こうとすれば必ず失敗するだろう。  少しでも彼の負担がないようにと男同士のセックスについて調べ、行為に必要な準備も済ませてある。  心の内を聞いたことはないが、恐れがあると言うのなら待つ、そのつもりだった。でも。 (……断るくせに、虎徹さんはいつも僕を見ている)  身体を重ねた事はなくとも有事の際には隣で着替えをしているから、お互いに裸は見慣れている。  シャワー室で顔を合わせた時など全裸は当たり前で、男同士だから今更恥ずかしがることもなかった。  とはいえ不躾な視線を送ることは憚られて、必要以上に虎徹の身体を見ることはしない。が、彼は違った。  衣服を取り去り露になった身体のラインを辿ろうと、視線が張り付いてきた。流石に真っ向から目を向けることはなかったが、  ついてくる視線は尋常じゃないほど熱く、見えない手となり舌となって肌を撫でしゃぶられた。  恋人からの露骨な眼差しを疎ましいとは思わないものの、時折熱のこもった吐息まで漏らすものだから、煽られた身体を諌めるのに苦労したものだ。  虎徹も、抱き合いたいと思っている――自分の都合よい妄想だと片付けてしまうには、視線が熱過ぎた。  しかし、それに乗って虎徹を誘ってもことごとく拒否される。先程だって、あれほど厭らしく触れていた癖にバーナビーが  手を出した途端、下手な言い訳で逃げたのだ。   セックスを嫌がる虎徹と、大胆な視線を向けては肌に触れてくる虎徹。どちらが虎徹の真意なのか。   この機会を逃せば彼の心を知る事が出来ない気がして、バーナビーは毅然と虎徹を見返した。 「教えて下さい、虎徹さん。聞くことであなたを困らせる事になるかもしれませんが、僕はあなたの心を知りたい。これ以上、困らせることはしませんから」 「バニー……」 「僕だって、あなたが好きなんです。好きだから……抱きたい」  真正面から真摯な感情をぶつけるバーナビーに、虎徹の頬が瞬時に染まった。  そのまま耳まで伝染してゆくのを見て、今度はこっちが赤面する番だった。  彼の、自分への想いが溢れんばかりに滲んだ顔を見ているだけで、嬉しくて堪らない。 「くそっ」やら「馬鹿バニー!」と悪態をつく姿すら可愛くて、頬が緩んでしまう。 「あーも、判った! お前、本当に俺のこと好きなんだな。好きすぎだろー」 「それはあなたもでしょう? 何ですか、その顔。僕の事が好きで堪らないって、でれっとしたみっともない顔に沢山書いてますよ」 「おっまえねー、好きな相手にそこまで言うかあ?」  ムッと睨みつけたかと思いきや、虎徹はすぐに破顔した。バーナビーもつられて相好を崩し、寄せた身体をぶつけながら笑いあう。  二人の声にガタガタと無粋な音が混じって初めて、虎徹の背が扉に当たり大きく揺れている事に気付き、同時に動きを止めた。  息を殺して伺うドアの向こう、足音すら無い廊下に胸を撫で下ろして、見合わせた顔から緊張が抜けていく。 「……せっかくの、二人きりだしな」 「そうですよ。当分離す気はないですから、覚悟して下さい」 「そりゃドーモ」  密やかに笑いながら言葉の通り腰を抱く腕を強めた。僅か下にある鳶色の瞳が細められ、ゆっくりと落ちる瞼にバーナビーも従った。  波引くように遠ざかる笑い声が余韻を残して、ふつりと途切れる。 「……俺さあ。お前の、うつったみたいで」  ほどけた唇から脈絡なく始まった言葉は日常茶飯事だ。口を挟む事無く、耳を傾ける。 「好物は後に取っておく方だろ、お前。一緒に飯食ってる時に気がついて、最後に取っといた好物に手をつける時、一瞬浮かべる  嬉しそうな顔を見てさ、俺もしてみようかなと思って」 (……変な顔、してなかったか)  そこまで見られていたとは思わなかった。バーナビーの心配を他所に話は先へ進む。 「意外と、悪くなかったんだよ。腹に入っちまえば一緒だけどな、好物を口に放り込むまでの興奮とか気持ちよくって……癖に、なったんだよ」  虎徹の喉元がぐっと盛り上がる。 「あー……引くなよ?」 「引きませんから、聞かせて」  よっぽど言い辛い事なのか、あー、うー、と長らく逡巡してみせる虎徹は珍しい。  心なしか目元が朱に染まり、潤んでいるように見えて目が逸らせなかった。 「……美味そうなもんは、さ。涎垂らしながら見つめて、頭いっぱいにしてから……食いたいなって」 (……何か、凄いことを言われている気がする)  ぼそぼそとらしくない歯切れの悪い台詞に、バーナビーは一瞬眩暈を起こして扉に額をぶつけそうになった。  引いてはいない。勿論、引かないが――彼の言葉ひとつでジャケットに隠れている肌が粟立って、不埒な感情に引きずられた心臓が脈打った。  皮膚の下を流れる血潮が覚えのある熱を運び、恐らく身体のどこよりも素直な部分へ集中してしまって、そっと引いた腰に  虎徹が気付かないことを切に願った。 「……あーその。俺さ、お前のこと本気だから」 「でも、あなたはその僕の誘いを散々断りましたよね」 「そんな恨めしい目をすんなって。だから、俺別にお前とすんの嫌じゃねーって。ただ……」 「ただ?」 「我慢、してたっつの? おっまえさー、そのよく動く頭で考えろよな。全部言わせんな!」  唾を飛ばさん勢いで吐き捨てた虎徹が、ぐいっと顔を逸らした。こちらを向いた耳が痛々しいほどに赤い。 (我慢していた、だって?)  しかも、習癖を真似てのことだったとは――バーナビーは唖然と立ち尽くした。  正直、想像の斜め上をゆく理由だった。セックスが怖い、男同士ゆえの困惑もあるだろうと真面目に考えていた事が  いっそ馬鹿馬鹿しくなるくらいの理由だ。そんな事で今までセックスを断られていたのかと一言いってやりたいが、恋人の癖を真似るという  可愛い行動に胸がときめいたのも確かだ。蔑ろにされた感も否めないが、虎徹の言葉や向けられる想いを疑う気にはなれないから、  我慢を強いられたことに腹立たしさはない。 (ああ駄目だ。僕は、溺れすぎてる)  彼に恋をしてから頭のどこかが壊れた。こういう場合、頭のねじが外れたとでも言うのだろうか。  ならばきっと、一本どころか二本三本はすっ飛んでいるに違いない。悔しいかな、そんな自分に嫌悪を感じないから困る。  恋は、なんて不毛だろう。彼に敵う自信なんてない。  そんな日が一生来なくてもいいと、本気で思ってしまう程に愛しくてもう、駄目だ。 「複雑です。本当に複雑だ……!」 「ちょ、お前痛いって!」  いくら抱く腕を強めても、この身体は折れずに全てを受け止めてくれる。  痛いと喚きながらも逃げようとしない、頑丈な体躯を想いのままに抱き締めて、バーナビーは虎徹の肩口に顔を埋めた。 「……セックスが、怖いんだと思っていました」  予想外ではあったが胸にあった懸念が杞憂で済み、バーナビーは力を抜いて凭れ掛かる。 「……ガキじゃあるまいし……まあ、男同士なんて初めてだから、それなりに心の準備はいるけどさ……」  きつい抱擁の中、虎徹は苦しげに身じろぎしながら小さく笑う。 「バニーが好きだって意識し始めた時から、男同士のセックスは覚悟してるよ。……あの時から、バニー。ずっとお前が欲しいって、思ってた」  ごめんな、鼻先を耳に寄せる虎徹の背を今一度抱き締めながら、与えられた言葉をゆっくりと噛み砕いていく。  虎徹は虎徹なりにバーナビーに対する欲求があった。男ならば当たり前の衝動で、事実バーナビーは熱を帯びた視線に日々絡まれていた。  きっともう、彼の視線という見えない手に蹂躙されていない場所など無い。そう思えるほど、虎徹の熱い視線のなかにいた。  だから、どうして同じ熱を手にしているのに分け合えないのか、判らなかった――今、やっと触れ合えた気がする。 「そう、ですか。そうか……」 「安心したか?」 「ええ。あなたが同じ気持ちで、嬉しい」 「……俺、バニーのこと、本当に好きだわ」  バニー、呼ばれて頭を上げたバーナビーの視線の先で、虎徹は自らのベルトに手を掛けていた。  驚く間もないままベルトを緩めジッパーに手を掛けて、迷いなく金具が引き下ろされた。  耳障りな音を伴いスラックスの合間から現われた下腹部に、バーナビーの目が釘付けとなる。  薄暗くとも判った。ぴったりとした布地を押し上げるそのフォルムが、興奮を示していることに。 「何を、して……」 「……バニーといるだけで、んなになっちまうんだよ、俺」  俺もまだわけーな、と悪戯っぽい表情を向けられて、鼓動が跳ねた。  含羞の滲む瞳の奥で、蝋燭の火の様にあえかに揺らめいたのは、欲情だ。  見誤ることなどない、それはバーナビーが虎徹に抱くものと同じ、はっきりとした欲だった。 「おい、バニーちゃん?」  熱い瞳がそこにあるだけで、意図の無い表情で顔を覗き込んでくる虎徹がまるで誘っているかのように見えて直視できない。  バーナビーは熱に浮かされた頭を虎徹の肩に預けた。視線は勃起を示す下着から逸らせない。  先程よりも形がくっきりと浮き出たそこは、きっと熱くて硬い。触って、虎徹の持つ熱を知りたい。いつだって虎徹が断り、遠ざけていた  そこに触れて、許されるならこの手で高みへと導きたい。熱の塊で、掌をぐっしょりと濡らされてみたい。  舐めて、味わってみたい――彼を、恋人を丸ごと余さず食べてしまいたい。  虎徹の想いの塊を見つめながら、バーナビーの頭の中では今までの忍耐の日々が走馬灯のように流れてゆき、彼によって  ひとつの終焉を迎えた。願望は男の欲望へ直結している。バーナビーはもうそれを止めようとは思わなかった。  虎徹が我慢に我慢を重ねた果てに食らいたいと願うのならば、応えてやりたいと思うくらいの余裕はある。  ただし、今という時間だけだ。我慢したいのならば、我慢すればいい。それ以上を見せ付けて、余裕を削いでしまいたい。 (前言撤回。僕は少しばかり、Sの気があるのかもしれない) 「……虎徹さん、まだ我慢するつもりですか」  足元から這い上がってくる衝動を堪えながら問うた声は、掠れていた。 「え、バニーちゃん?」 「あなたが僕といるだけで形を変えるように、僕だって同じなんですよ」  背を抱く腕を腰へと落として、細い腰を両手で掴んだ。そのまま前張りを押し付けた途端、身を硬くした虎徹の腰が後ずさったが、  追いかけるようにして腰を重ねる。幸い虎徹の背後はドアで、腕の力を弱める気もないから彼は逃げられない。  下着向こうの性器はごりっと音が鳴りそうな程、硬く膨らんでいた。  虎徹の滾った性に感動しながら、バーナビーは後戻りできない下肢の変化を知った。 「おい……何か、勃ってんだけど……」 「先に勃起を見せ付けたのはあなただ。何を怯えるんです」 「怯えてねーっつの。バニーのバニーちゃんが思ったよりも、で、デカいからびっくりしているだけで、その、あれだ」  急にしどろもどろになりながら、まだ逃れようと身を捩らせる虎徹の往生際の悪さに喉奥が笑いで震える。  腰を揺らせば揺らすだけ、互いの勃起を慰めあうことになるのも気付かないらしい。  耳元で非難を繰り返されても、熱く湿ったそれは愛撫と同じだ。 「っ、バニー……こら、離せって……ここ会社だぞ」 「離すつもりはないと言いました」  ぴしゃりと言い捨てて、腰骨から尻へと両手を滑らせる。  虎徹の身体と扉の僅かな隙間へ十の指を差し入れ、引き締まった臀部を堪能する間なく薄い肉をスラックスの上から強く掴んだ。  うぎゃ! と、何とも色気のないつぶれた悲鳴が耳を打ったが、今度は手を掴まれることはなかった。  ただ、大人しくされるがままになるつもりもないようで、強固な檻の様なバーナビーの腕を外そうと必至でもがき始めた。 「ちょっと、待てって……」  虎徹が動くたびに手の甲が固いドアにぶつかって痛いが、離すつもりはない。  なめらかに手指を操りながら、バーナビーは尖った鼻先で黒髪を掻き分けて耳を探しあてる。耳裏に口付けて、そっと囁いた。 「騒がしくしたら、今度こそ誰かが来ちゃいますよ……虎徹さん」 「っ……!?」  唇で触れる耳が、瞬時に熱を上げる。ぴたりと動きを止めた虎徹にほくそ笑みながら、バーナビーはゆっくりと腰を揺らした。 「ねえ、どうしたら僕を食べてくれるんです」 「っ、あ……バニー、やめろって」  否定が甘かった。ようやく揺れる腰が生み出す刺激に気がついたのか、重なる下半身を震える瞳で見る虎徹にもう逃れる意思はない。  だから、好き勝手に腰を回した。勃起の形を確かめるように自らのそれでラインを辿り、布越しだというのに熱さが漏れる箇所を  しつこいくらいにぐいぐいと押してやった。まだ大きく膨らもうとする雄の強い振動に、腰の奥がざわめきはじめる。 「これ、すごいな……」  もどかしく、それが逆に刺激的でバーナビーは行為に夢中になった。  自慰のようでいて、でも自分の手ではない。勃起した性器の向こうには、恋人のそれがあるのだ。  自分のポイントを押さえた指よりも快感が強く、味を占めた腰は貪欲に動いた。  呼気を漏らしながら喉を逸らした先で、無防備に同じ箇所を晒す男を見つけた。  すぐ間近に迫る細めた眼差し、その小さな隙間から覗いた瞳にバーナビーの肌が粟立った。  喰らいたくて堪らない獲物を長らく我慢した果てに、やっと歯を突き立てる事ができる――ギラついた欲を秘めた強烈な瞳だった。  言葉以上の想いと欲情の在り処が、恐ろしいくらいに光輝いている。  魅入られ近付いたものは容赦なく喰らってやる、そんな虎徹の雄の目からバーナビーは視線を逸らせなかった。  拒んでいた虎徹の手は、いつしかバーナビーの身体を撫でていた。この触り方はあの熱い眼差しに似ている。  裸の身体をねっとりと舐めていた眼差しが、今度は本物の手となってバーナビーの身体を撫で回していた。  やけにゆっくりとした動作で到達したのは腰だ。より深い密着へと導かれて、腹の奥が熱くなる。  思わず吐き出した呼気の艶かしい響きに、興奮の高さが知れた。 「……食べられたいなんて、バニーちゃんどうかしてる」  情欲を隠さずに笑う虎徹の口端で尖った歯が覗いた。 「恋人に食べられたいと思うのは、本能ですよ」  同じように笑って見せて、拘束を強める。これが、男を抱くということだろうか。  身体を喰らおうと瞳を眇めてくる男を喰らう、これ以上の興奮をバーナビーは知らない。  虎徹もまた、腕の中にいる男も同じ性の持ち主であることを悦んでいるように見えた。 「どこまですれば、僕を食べたくなりますか? ……デカイの、見たくない?」  彼は何も言わなかった。ボトムの前張りの上を歩く、白い指先を見ている。唇は動かない。だが、雄の目は言った。  バーナビーは片手で起用にベルトを外して前を寛げた。  重たげに鎌首を擡げる性器が下着越しに現われて、虎徹の目はそこから動かなくなる。 「これ、誰のものか知ってますか」 「……俺の、だ」  喉元につっつかかるしこりを押し流すように、虎徹の喉がいやらしく鳴った。  下腹部を見つめたまま、幾度も上下する喉元を見せつけては俺のと認める彼に、また下着が窮屈になる。 「ええ、だから好きにする権利がある。味見、したくないですか? あなたが一口味わいたいと言うのなら、喜んで差し出します」  黒のシャツを持ち上げ肌を晒しながら、指先を下着へと滑らせる。  むわっとあがる熱気に掌が湿り気を帯び、締め付けるゴムを手の甲で引っ張って性器が出ないぎりぎりで止めた。 「この先、知りたくないですか? 僕は、あなたに食べてもらいたいのに……きっと、美味しいですよ」  少なくともバーナビーにとって虎徹の性器は美味そうなものにしか見えない。  男にとっての排泄器官であっても手と口で愛し、熱を受け止めることは本望だ。  小さな尻の奥に潜む窄まりだって、彼の唇へキスをするように触れることすら厭わない。  狭隘な肉の道にすら、舌を這わせてみたい。  虎徹の身体を存分に味わう想像をするだけで口腔に涎が溢れるほど、目の前の男は欲を煽ってくれる。  では、虎徹にとってバーナビーはどうなのか。  もう聞かなくても知っている。これは、自惚れじゃない。 「ねえ、我慢しないで。食べていいんですよ……虎徹さん」  甘いものが意外と好きな彼のために、蜂蜜のようにとろとろに甘い囁きを耳朶にかけてバーナビーは誘った。  視界の端で、褐色の指先がぴくりと震える。  ゆっくりと持ち上がるそれの目指す場所は、言わずもがなだった。

 

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