簡単に後始末を済ませ、漸く落ち着いたのは夜明け前だった。 シャワーは出勤前に浴びることにして、少しでも睡眠を得ようと乱れたままのシーツに転がった二人は安堵の息をついた。 「……僕は、あなたを抱きたいけれど」 「ん?」 「あなたがそこまで言うのなら、一度くらいは抱かれてもいいですよ」 虎徹の額にかかる前髪を指先に絡めたバーナビーは、熱の残る瞳を細めて笑った。 バーナビーを抱いてみたい気持ちは未だ胸の中にあれど、その言葉だけで満たされた気持ちになるのは単純というか、現金というか。 そんな自分も嫌いじゃないと思えるくらい、目の前の男が好きなんだと改めて思う。もうここまで来たら甘えてしまおうと 肩を揺らしつつ身を寄せた。まだ熱の残る肌は心地よくて、気を抜くと瞼がすとんと落ちてきそうだ。 「……もう、いいわ。嫌なら、とっくに逃げ出してるしな」 (あんなセックスを仕掛けられたら、もう手出す気にはなれねーよ……) 凄まじい快楽に、何度いいと言ったか強請ったか。あられもない姿を見ているだろうに、まだ気にしているらしいバーナビーが可愛かった。 ただ、本音を伝えれば毎日でも励んできそうなので、心の中に止めておくことにする。 「まあ、逃がす気ないですけどね」 「おーこわ」 「あなたにはいつも優しいでしょう」 「さっきまでねちっこくセックスしてた癖に、どの口が言うんだか」 この口ですよ、嘯く唇が落ちてくる前に軽く触れ合わせた。 僅か開いている唇。もう舌を絡める気力はないから、くぐもった笑いが代わりに間隙を埋める。 見詰め合う瞳に互いの姿だけを映しこんで、閉じ込めるように瞼を閉じた。 腰にぎゅっと絡み付いてくる腕に身を任せ、肩に寄り掛かる小さな頭を抱きしめるようにバーナビーの首の下へ腕を通した所で そういえばと重たい瞼を押し上げた。 「なあ、バニー。何で乳首を弄るの、嫌がったんだ?」 「は?」 「前に触ろうとしたら嫌がってただろ、お前」 「ああ……」 とろんとした瞳が思案げに揺れて、長い睫の隙間から虎徹を見つめる。 「男が弄られるの、みっともないでしょう」 「はい? え? え、お前、弄られて感じるのが嫌だからじゃ?」 「そんなこと言いました? こんな所、誰にも触れさせたことなんてないですよ」 首を傾げながら、ふあーっと大きな欠伸を零す。 (え、まさかの無事か……?) 思わずほっとした虎徹だったが、自ら勝手に勘違いした挙句に嫉妬していたなんて、情けないにも程がある。 身勝手な結論にさえ至らなければ、あんなネチネチいたぶられることもなかっただろうに――しかし、あれはあれで良かったと 思わなくないので考えることはやめにした。長らくのセックスで疲れていたし、何より。 「え、あの俺は?」 「虎徹さんはいいんですよ、可愛いから」 「……」 至極真面目に言い切られてしまい、言葉を失う。 (いい加減、おっさんにそーいう事を言うのは止めてくれ……) ここで反論したいのは山々だったが「可愛くない」「可愛いです」という、端から見れば痴話喧嘩じみた押し問答が目に見えていたから 文句はすぐさま飲み込んだ。それに、貴重な睡眠時間をこれ以上削るような真似はしたくない。休息の間もなく出勤する羽目になるのは避けたかった。 「ったく、恥ずかしい奴だよ、お前は……」 じわじわと来る羞恥に頬が熱くなってきて、朱に染まる顔を見られまいと虎徹はバーナビーの金髪を抱えて胸に押し付けた。 苦しいともがく男を無理矢理腕に収めて、とっとと眠る体勢へ入る事にする。 「おじさんの胸好きなんだろ。黙って抱かれて眠っとけ」 「ああもうあなたそれ誘ってるんですか」 「アホか。いい加減枯れろもう疲れたから無理だぞー」 何だか身体が熱くなってきた若者と一緒にブランケットを被り直して、目を閉じる。 未だ都合のいい言葉を並べ立てている、我慢のきかない恋人のつむじ辺りに口付けた。 「おやすみ、俺のバニーちゃん」 「……それ、逆効果ですよ……」 ぶっすとした声が既に諦めモードなのは、バーナビーもそれなりに疲れているからだろう。 もぞもぞと彼なりの定位置を求めて頭が動くたび、肌に触れる柔らかな髪がくすぐったい。 何度かぐりぐりと頭を擦り付け、落ち着いたのは緩やかな鼓動を刻む肌の上。 「……おやすみなさい、僕の虎徹さん」 そっと胸元に口付けられ、呆気なく身体が火照ってしまった。 「……これ、逆効果だな……」 「しかえし、です……」 心臓が煩くて眠れない、小さく笑いながら苦情を訴える可愛い唇を奪ってしまいたかったが、眠りを欲する身体はぴくりともしなかった。 起きたらたっぷりキスをかましてやろうと心に決めて、何だかんだ言いながらも甘い寝息を立て始めたバーナビーにならい、虎徹もゆっくりと意識を手放した。 「俺のバニーちゃん」H24.3.9