クリムソンの采配





はじめに…… ダークテイストでかつ、一部にはグロテスクなシーンがあります。 全体的にかなり痛い&気持ち悪い作品ですので、苦手な方はご注意下さい。  グラスに注がれる濃厚な紅い液体に目を奪われる。   戦場から帰ったばかりの目には、空隙を埋める紅が鮮やかな血のように見えた。 (……これから酒を飲むのに、相応しくないな)  今しがた考えていたことを払拭するように、ヒューズは軽く頭を振って香りを堪能すべく深呼吸した。  慣れた執務室の匂いに混じり、生臭い血の匂いとは程遠い芳醇な果実の香りが鼻腔をくすぐる。ゆっくりとグラス内で  嵩を増すワインは幾瓶も飲んできた中で一番の香りと色で、渇いた喉を刺激する。  ヒューズはワイングラスから視線を外し手馴れた様子でボトルを傾ける、同期で親友でもある目の前の男――ロイ・マスタングへと視線を向けた。  丁寧に磨かれたグラスが二つ乗ったテーブルを挟み向かい合うように来客用ソファに座る男は、部屋に誘ったときの様子とは一変し、物静かにグラスを見つめていた。 「美味い酒を手に入れたんだ」と酒のボトルを手に、帰宅しようとしていたヒューズを捕まえたロイは、まるで子供のように黒い瞳を輝かせていた。  普段から冷静沈着、泰然とした余裕を漂わせる彼にしては珍しい表情だな、と思ったヒューズは反射的に「酔っているのか?」と問いかけた。  ヒューズの肩に手を置き「酔ってない」と口にした言葉に、「そうか」の一言で会話を切る。  彼が愛用している香水に混じって、アルコールの香りがしたのだ。  よくよく見れば、同じ戦場を駆けた親友の顔にうっすらと赤みが差している。 「飲んでいかないか?」と廊下奥の執務室を指差したロイに、ヒューズは悩んだ。正直、身体も心も疲れていた。  もうじき日付が変わる時間帯。家に帰り愛する家族の寝顔を見て、ゆっくり休もうと考えていたのだ。  いくら軍人とはいえ、戦場が好きな奴は滅多にいない。銃声、悲鳴、血飛沫……日頃見ないような殺し合いが行われる、  一瞬一瞬に死が付き纏い混沌とした非現実な場所。軍人として市民を国を守るという大義名分がなければいつ発狂してもおかしくない所だ。  軍人になって何度も戦場を駆けてきたが、硝煙や血の匂いにはいまだ慣れることはない。たった一日でも、身体は奥深くまで疲労に蝕まれていた。  断って帰宅するか、という気持ちに心揺らいだ時、返答を待つロイの目がやけにとろんとしていることに気がついた。  こちらを向いている瞳はどこか視線定まらず、時に宙を漂う。酒に酔うまで飲む事など滅多になかったロイの状態に、ヒューズは判断を一変させて頷いた。  愛する妻よりも長い付きになる親友が、立派な酔っ払いになるまで酒を飲んだのだ。自身の世話焼きな性格も手伝って断ることが出来なかった。 「このまま帰っても目覚めが悪そうだ」と笑って、酒瓶を掲げて返事を受け止めたロイを支えながら執務室に向かった。   部屋に入る前までは上機嫌に鼻歌を歌いマシンガンのように饒舌だったロイも、今は黙って二人分のグラスにワインを注いでいる。  感情の伺えない無表情さで向かい合う親友のあまりの豹変ぶりに、ヒューズは落ち着かず視線を彷徨わせたが  大きな窓から漏れる月光以外の明かりが一切ない室内に、心を落ち着かせるようなものなど存在しなかった。  昼間とは違う様相に居心地の悪さを感じ、薄暗闇を無駄に視線が行き来する。  唯一の光源である月光がソファにまで伸び、ロイの無表情を冴えた刃のように見せていた。妙な迫力がヒューズの胸に圧し掛かる。  一体何を考えているのだろうと疑問に思うも、昔からポーカーフェイスの得意な親友の顔を見ても見当がつかなかった。 (酒を飲むにしては雰囲気が暗くないか……?)  眉を潜めて不信を表したところで視界を遮られる。  女性的な曲線を描く輪郭のグラスを満たす紅い液体の水面が、目の前でゆらゆらと揺れていた。  濃厚な香り漂うその液体に考えることも忘れてごくりと喉を鳴らしたヒューズが、ロイから差し出されたグラスを受け取ろうとして視線を上げた。 「……!」  グラス向こうの黒い瞳には、何の感情もなかった。  生命の光さえ伺えない、ガラス玉のような瞳にひやりとしたものを感じて、背筋が震えた。  伸ばした指先が空で止まり、不自然な間が落ちる。  月明かりを受け青白く見える顔は不気味でヒューズから一切離れない。 (何だ、これ……)  頭の片隅で妙な引っ掛かりを覚えるその目に、心臓が不穏な鼓動を紡ぎ始める。  注意を促す軍人としての勘が働いたことに、否応なく身体が緊張してゆく。戦場に身を置いた者が自身の生を確固たるものにしようと  無意識に働く、純粋で最もレベルの高い集中力。幾度も戦場を駆けた経験から生まれる野生じみた感覚が研ぎ澄まされ、すぐにでも身体を動かせるように  程よく抜ける力が次の信号を待っている。逃げるか、殺るか、二つの選択肢を。  戦場以外で強い危機感を覚えるのは滅多にないことだ。  しかも長年の親友に対し警戒を抱くことになろうとは、思わなかった。 (落ち着け。ここは戦場じゃない、ロイは……敵、じゃない)  必至に自身を宥めようとするも身体に走った危機感は拭えない。身体中に響く鼓動は更に警告を声高に主張する。  差し出されたままであるワイングラスは微動だにせず凪いだ中身は、無心にこちらを見るロイそのものに見えた。  無心な眼差しに耐え切れなくなったヒューズは、視線を逸らし強張った指を動かしてグラスの首を掴むロイの手から少し離れた位置に触れた。 「……サンキュ」  黙って受け取るには空気が重く、控えめに礼を口にして腕を引こうとしたが、ワインが若干波立っただけでグラスは手元に落ちなかった。  何度揺らしても敵わない力に、ヒューズの眉が不審げに潜められ口を開こうとした時。 「ロ……イっっ!?」  突然、グラスに触れていた手を掴まれた。  あまりの強い力に一瞬息が止まり、驚きのあまりにグラスから手を離してしまう。  支えを失ったそれは二人の指先を離れて重力に従い落下し、地面にぶつかると同時に甲高い音を響かせ形を失った。  無残にも残骸と化したグラスが大小、歪な形で散りばめられ紅い染みがみるみるうちに広がる。  月光の下、極上のダイヤモンドのように欠片が瞬いた。  眩い光の洗礼に思わず目を瞑ったと同時に、ヒューズの脳裏が閃く。 「っ!?」  ワインよりも鮮烈な赤明の洪水。  男の叫び声、破裂音、幾度も共に名を呼びまぐわう二つの影――重なる身体。  瞼に映し出された記憶に、まるで警告音のような盛大な鼓動が体内で鳴り響いた。  噴出す汗、べたつくような雄臭さが鼻先をかすった気がして、吐き気が込み上げる。  ぐるぐると視界すら回りそうな勢いの記憶の渦に巻き込まれ、逃れるようにヒューズは目を見開いた。  眩い月光を反射するグラスの破片が、ひとつの場面を脳裏に映し出す。  身体が感じた危機感は間違ってはいなかった。  清良な道を求めた己が奥深くに沈め忘れ去っていた記憶が、月光の下で暴かれてゆく。 (……そうだ、ロイの目はあの時の目なんだ……)  何の感情も見当たらないその目は士官学校時代、初めて戦場へ赴いた晩に見た時と同じもの。  同室であり隣で眠っていたヒューズを力のままに蹂躙し、どうしようもない感情を互いの肉体で発散するきっかけを作った目だった。  仕官学校時代、実習で初めて戦場へ赴いた日の夜だった。  仕官学生専用の寮で同室である親友のロイよりも先にシャワーを浴びて早々にベッドへ横になったヒューズは、思いのほか  自身の身体が酷く疲弊していることに気がついた。戦場から離れたことで知らず張り詰めていた神経が緩んだのだろう。  漸く慣れた日常の到来に深い息を吐き、重たい瞼を閉じた。  途端、瞼に昼間の光景が生々しく浮かび上がる。  風に混じり届いた火薬の匂い、銃を持った大勢の軍人達が駆け回っては大掛かりな兵器を動かす地響きや爆。  命令を飛ばす怒声に恐怖で満ちた悲鳴――今回の実習では直接戦闘に参加することはなかったが、けして短いとは言えない人生を  振り返っても今日ほど強い恐怖を覚えたことはなかった。……いや、軍人として国の為・国民の為に身体一つで命のやりとりをする 「恐怖」を、思い知らされた。戦場とは、まさに地上にある地獄だった。  未だに地響き轟く大地に足をつけているような臨場感を伴う錯覚に襲われ、ぶるりと慄いた身体を両腕で抱きながら瞼を開けば、  濁った灰色の天井が目に入った。深呼吸をすれば嗅ぎなれた室内の匂いが肺に落ちる。けして綺麗とはいえない我が寝城に  数え切れないほどの文句は言ってきたが、今晩ほど安息を感じたことなどなかった。  ……ここにいれば、まだ大丈夫だ。  軍人としてあるまじき「甘さ」に忸怩たる思いにかられながらも、誰に犯されることのない安全な場所であることを  再確認して安堵したヒューズは再び瞼を閉じた。  ゆっくりと弛緩してゆく四肢、遠く離れてゆく意識。  多大な疲労感が今日という日を強制的に打ち切ろうとすることが有り難かった。重たい身体が柔らかいベッドへ沈み込んで  一体化するような感覚を最後に、ぷつりと意識が途切れた。  自身の身に異変が起こっていることに気がついたのは、突如身体に走った激痛だった。  脳天を貫かんとする強烈な刺激に目を大きく開いたヒューズの視線の先には、自身の身体と天井の間で揺れる大きな黒い影――  室内を占める闇よりも尚色濃い黒は、まるで闇を背負い支配する死神のような存在に見えてヒューズはゾッと総毛立った。 「っうあああっ!? 誰っ、誰だっっ!!!」  得体の知れないものが身上で揺らめく恐怖と激痛から、ヒューズはパニックに陥り絶叫した。  がむしゃらに身体を動かすも両手は頭の上で圧し掛かる強い力によって押さえつけられ、痛みで小刻みに震える足は使い物にはならない。  黒い影の前では大の男として軍人としても通用せず、無力な赤子でしかない自身との圧倒的な差にガクガクと身震いし血の気が引いてゆく。 「……うるさいぞ、ヒューズ」  不意に影が、咎めるように低く囁いた。  接近していなければ聞こえないだろう小さな声は、ヒューズの頭の中で大きく響いた。  訓練の際、銃身で頭を打たれた衝撃にも似た脳髄が揺さぶられる感覚に、僅かな間、視界がぐにゃぐにゃと線を失う。  見知らぬ艶を纏う声は、聞き覚えのあり過ぎる、声だったのだ。 「……ロイ、か……?」  恐怖と驚愕の入り混じった問いかけが二人の間の空気を揺らす。影が動きを止めた。  頭上で両手を捉えている、恐らく目の前の物言わぬ影のだろう手が震えたことで、ヒューズは肯定という答えを得た。  何故、お前が? 問いかけようとしたヒューズの唇から言葉を奪うように、再びロイが動き出した。  開かれた口からは頭に浮かんでは消える疑問をひとつも音にすることが出来ず、代わりにぶり返した痛みを知らしめる叫びが迸る。  重たい衝撃に合わせ、前後不覚に陥るほどに身体が揺さぶられた。  上下左右すら認識出来ない激しい揺れの最中、激痛の在り処が下腹部であることにヒューズは気がついた。  苦痛から逃れたい本能を叱咤し、痛みに身を捩りながら意識を下腹部へ寄せ――自身を苛む激痛の正体を知った。 「ぐううッ、おまえ……ッッ、まさか!!」  今強いられているおぞましい光景が脳裏に映し出され、ヒューズは蒼白になる。  自分ですら見た事のない盛り上がった双丘の奥、本来の機能を無視して強烈な違和感を伴い攻め立てられているのはまぎれもない排泄器官。  狭い器官の中をいっぱいに押し広げめちゃくちゃに掻き回しているのは、圧倒的な熱量を誇る硬い肉棒――同じ性を持つ相手の、雄の象徴だろう。  認めたくなかった。これは悪夢だと必至に自分自身へ言い聞かせるも。  突き上げるたびに湧き上がる肉虐の苦しみが、ヒューズの希望を容赦なく打ち砕いていく。 (俺は、俺は……男と、ロイと……セックス、してんのか……ッ)  男同士で愛し合う際にどこを使うのか、知識だけは知っている。  覆しようのない現実にヒューズは強い嫌悪感に襲われ、込み上げる吐き気をこらえて絶叫した。 「やめっ、やめろっ!! 離せロイッ!! ロイッ、嫌だっ、はな、れろっッ!!」 「……何を嫌がる? たかがセックスくらいで騒ぐんじゃない。それに……そんな大声を上げていたら誰かが様子を見に来るかもな?  男に組み敷かれ鳴いている、この状況を皆に見せ付けたいならもっと騒げよ、ヒューズ」  何でもないと侮蔑を含んだ声音で囁かれ初めて、ヒューズはこの部屋の隣には眠りを貪る仲間達がいることに気がついた。  咄嗟に声を漏らさぬよう唇を噛み締める。暗闇に紛れているロイの表情は伺えないが愉悦を滲ませて笑う男から、この状況を  楽しんでいるだろうことは明確だった。ヒューズは闇のなかに潜むロイを強く睨みあげた。  狭い後孔を好き勝手に蹂躙する、怒張した男の灼熱。何ら潤みのないそこは無遠慮に律動を繰り返すたび、肉襞が引きつり  多大な痛みを呼び寄せる。大きな熱棒を埋め込み組み敷かれてしまえば、厳しい鍛錬の日々をこなしているヒューズとはいえ、逃れる術はない。  唯一自由だった足で必至にもがいてみせようも、少しでも身を動かせば男を咥える部分に激痛が走り諦めるしかなかった。  腸壁にぶつけられる激しさと熱さが男としてのプライドをズタズタにし、瞳からはとめどなく涙が頬を流れてゆく。  いつしか抽挿にはくぐもった卑猥な水音を伴うようになっていた。  痛みで朦朧とし始めた意識で下半身を伺えば、幾分スムーズになった律動の合間から漏れ出すぬめりを肌で感じた。  ごぷりと一際高く響いた水音がその存在を高らかに主張し、ヒューズの頭にその正体がひらめく。  真っ赤に塗りつぶされる視界。  暴力的な赤の洪水に飲み込まれ鼻先を掠めるかすかな鉄臭さに、強烈なめまいを催して。 「ッ、がは……ッ、っぐぅッ……ッ!」  激しい挿入に耐え切れず雄を咥えている肉が裂けていることを悟ったヒューズは、込み上げる吐き気を堪えることすら出来ずにその場で吐いてしまった。 「おいおい、大丈夫か?」  突然の嘔吐を目にしたロイは動きを止めて、顔を近づけてきた。  暗闇とはいえ互いの目鼻立ちを確認出来るほどの距離にまで迫ってきた男を前に、ヒューズの背筋が震えた。  間近にある黒い瞳には、何の感情もなかった。  唇は愉快そうに歪められているのに、まるでただのガラス玉のような瞳からは生命の光すら伺えなかった。  そのままじっとこちらを見やるロイに底知れない恐怖を感じたヒューズは直視できず瞼を閉じた。  だが、それはむしろ恐怖を増幅させる手段であることをすぐに思い知らされる。  ロイの視線はまるで見えない刃のようで、瞼の肉一枚でどうにかなるものではなかった。  注がれる視線――鋭い刃は瞳から逃れたことを咎めるように、切っ先を上手く使って強固な瞼をこじ開けてきた。  二度とフタの役目を許さないとばかりに肉を裂いてしまい、剥き出しになった眼球を舞台に刃がクルクルと軽やかに踊りだす。  それだけじゃ治まらぬと目玉を飛び出した刃がストーリーを描くように縦横無尽に皮膚を裂き、ロマンティックな鮮血の雨を降らせながら肉を抉って  舞台のセットをこしらえ、筋肉をみじん切りにすることで世にも奇妙な音色を奏でながら、  骨まで己の歓喜を知らしめようとする。……そんな残酷なイメージを彷彿とさせる眼差しを、視界を失ったことで強烈に感じたヒューズは震えが止まらなかった。  ビクビクと痙攣じみた震えを催しながら腹から逆流する強い力に従い、再び吐瀉してしまう。  咳き込むヒューズを労わることもなく「可愛いやつめ」と嘲笑したロイは、吐瀉物まみれの頬に舌を伸ばした。  頭がおかしいとしか思えない行動に深い嫌悪感を覚えヒューズは顔を背けたが、味わうように肌をゆっくりと辿る舌先からは逃れられなかった。  耳元でぴちゃぴちゃと鳴る水音を堪えながら、苦しみを色濃く残した瞳に羞恥と怒りを詰めた視線で非難をすることしか、ヒューズには出来なかった。  非難を受けてもロイは気にすることなく、身体を嬲ることを再開した。  吐瀉物から漂うすえた臭いと、血臭、雄の精と体臭が部屋を支配し、いつしか室内を異様な熱さが侵食していた。 「お前は、熱いな……生きている、熱さだ」  荒い呼吸に交えて呟かれた何の感情もない台詞すら、痛みに喘ぐヒューズにはまともに掬い取ることすら出来なかった。  裂けた内部を更に苛むようにめちゃくちゃに揺さぶられては奥深くで蠢く熱い肉棒の猛攻、大量の白濁が弾る様など、男では味わえぬ衝撃を何度も味わわされた。  まるで女性を抱くようにロイはヒューズを抱き、意味の無い空しい行為を黙ってひたすら続けた。  放出された男の精によりぐちゅぐちゅと卑猥な音が一層響くようになり、耳からもヒューズを犯した。  この世のモノとは思えない肉体的・精神的苦痛を齎す一方的な行為により、多大な苦痛を受けたヒューズは自我を守る為に幾度も失神した。  その度に激しい痛みで強制的に起こされ再び苦痛を享受する。黒い影を睨みつけ怒声をあげる気力さえ無くし、禍々しい行為は朝になるまで続いた。  最後の吐精を終えて萎えた熱棒が引き抜かれると共に股を汚す大量の汚液が溢れ出す感覚を、麻痺した身体で感じることが  出来なかったのはヒューズにとっての幸いだった。これ以上、男が齎す感覚を受け止めるなど耐え切れなかった。  カーテンの隙間から漏れる生まれたての光が、一晩かけて出来上がった惨状を露にしていた。  漸く解放の時が訪れたことでゆっくりとヒューズの瞳は焦点を取り戻し、未だに乗りかかっているロイをぼんやりと見上げた。 「……ッ」  ――ロイは、泣いていた。音も立てずに、静かに涙を流していた。  目が会った途端「すまなかった」と何度も口にし、顔をくしゃくしゃに歪めた。  まるで無防備な子供のような姿を前に、ヒューズは情けを感じるどころか怒りしかわいてこなかった。  ロイの所業は到底許せるものではない。身体への暴力だけでなく、築き上げてきた信頼・友情など、一晩の惨たらしい行為で全て吹っ飛んでしまったのだ。  荒ぶる感情のまま掠れた声で出て行けと罵倒しても、ロイは部屋から出て行こうとせずベッドに座り込んだままだった。  力の入らない拳で頬を殴りつけても、ただ「すまなかった」の言葉を漏らすだけで動こうとしない。  見かねたヒューズが重たい身体を引きずってでも部屋を出ようとベッドから足を踏み出した矢先、涙混じりに呟かれた一言に動きを止めた。 「俺は、人を殺したんだ……」  芯が凍りそうな声に、ヒューズは息を呑んだ。  その時の自分には「軍人」という意識が欠落していたのだろう。  ゆっくりと振り返りロイを見た瞳はきっと、殺人者を見る目だったに違いない。  皮肉に歪んだ口元を裏切る、酷く傷付いた黒い瞳から一筋の涙が、白い頬を伝った。 「なに、を……言って……」  問いかけながらも、ヒューズの脳裏に昨日のことが過ぎってゆく。  実習で赴いた戦場、初日ということもありヒューズたちは本格的に参加することはせず、負傷してテントに戻ってくる軍人達の手当てが主な仕事だった。  直接戦場に繰り出すことは愚か、銃を握ることもしなかったはずだ。 「……まさか、あの時……」  団体行動の中、ロイは数分間だけ一人で行動していたことを思い出した。用を足してくると、外に出たときの事を。  しばらくして戻ってきたロイは顔面蒼白で、右手を庇うようにして左手で抱えていた。  誰が見てもおかしいと思う尋常でない様子に、自分は声をかけたのだ。「大丈夫か?」と。  だがロイは「戦場から飛び出してきた下手糞な鉄砲玉が当たりそうになったんだ」と笑いながら、何でもないように返した。  右手を、身体を震わせながら。それ以上の言葉を許さないとばかりに背を向けたロイに、その場は流してしまったが。 「……そうだ。用を足そうとして外に出た時に、潜んでいた敵兵にナイフで切られそうになった。咄嗟に身を守ろうとして……恐くて、殺した。  ……人はあれほどまで冷たくなれるものなんだな……冷たくて、重かったよ……」  自らの両手を見つめて静かに話すロイに「何であの時、言わなかったんだ!」と怒鳴りつけたい衝動に駆られたが、  心配をかけまいとロイなりに考えた結果なのだろう。何も気がついてやれなかった自分のはがゆさに、ヒューズは唇を噛んだ。  カーテンの隙間から漏れる光が、二人の間にひとつのラインを引いていることに気がついた。  まるで違う存在なんだと別つような光の筋を前に――ヒューズはまっすぐにロイへと腕を伸ばし、彼を抱き締めた。  耳元で戸惑うように名前を呼ばれてから己の行動に気がついて、ヒューズは酷く驚いた。  身体に屈辱と苦痛を刻み、好き勝手に嬲った相手をどうして抱き締めているのか。  ――わからなかった。ただ、痛々しい親友の姿を見ていられなかったという気持ち以外は。  いつも堂々として仲間や教官までをも一目置く存在感を漂わせていた男の、同じ希望に燃えていた黒い瞳を  ここで枯れさせることはしたくないと、ヒューズは漠然と思った。 「……俺達は、軍人だ……遅かれ早かれ、巡ってくることだったんだ。軍人を志願したのは自分だろ……だから……」   だから、殺すことも仕方がない。  最後まで言い切る事の出来ない己の弱さに、ヒューズは唇を噤んだ。 「そうだな……俺達は、軍人だ……」 「ロ、イ……」 「赦して、くれ……ヒューズ……」 「……俺は、神様じゃ、ねえ……」 「ヒューズ……マース、すまなかった……すまなかった……」  人を殺したことを悔やんでいるのか、暴行を働いたことを悔やんでいるのか……ヒューズには判別がつかなかった。  だが、ただの人間である己の裁量なんて、たかがしれている。そして、愚かであることも。  卑劣な行為を働いたロイには許しがたい気持ちはあれど、震える背中を宥めるように撫でていることこそ、己の出したジャッジのように思う。  僅かに距離を開けたロイが、再び近づいてくる。  言葉なく示す意図に気付いても逃げる気にはなれなかった。恐いという感情も何故か湧いてこない。  間もなく触れた唇は温かく柔らかで、涙の味がした。同じ男とは思えぬ柔さはけして疎ましいものではなかったことが、印象的だった。  縋りついてくる腕に身を任せ不意に密着したロイの胸がどくんと、確かな鼓動を刻んだことにヒューズは気付いた。  頼もしい心音に内心ほっとする。――こいつは、まだ生きているんだ。 「……お前は生きろよ」  頷くことはしなかったが、肌を抱く指の熱さと強さに常のロイを見た気がして、返事は求めなかった。  背中に回る人を殺したという腕はあたたかかった。許しを求めるように寄せてきた身体は一度目よりも熱く、甘ささえ滲んでいたように思う。  痛みなど感じぬほどに、強い感覚だった。  一線を越えた日から、戦場から帰還した晩はどれだけ疲れていても必ず身体を重ねるようになっていた。  ストイックに徹する軍属に対してのストレスのはけ口、軍人とはいえ戦場で人を殺すことへのどうしょうもない感情を快楽で紛らわせていたのだろう。  友達としてじゃれあい、時に恋人同士のように熱烈に――互いの身体に許しを求めあった。  あの頃がなければきっと今の自分達はなかったに違いないと断言できる。戦場とは一瞬が勝敗を、生と死を決める場所。  整理しきれぬ感情に押し潰され、一瞬の隙に誘引された死に取り付かれ、戦場でくたばっていたかもしれない。若気の至り、通過点。そんな他愛の無い関係だった。  それも二人が昇進してゆくにつれ回数は減り、ヒューズがグレイシアと付き合う頃になって自然消滅をした。  互いの為に親友の為に、そして生き抜いて将来の為に必要不可欠だった関係。若かった自分達には、こうすることでしか己を守れなかった。  始まりは強姦まがいのセックスだった。  だが、その中には意図せぬものを孕んでいたことを、ヒューズは否定できない。  交わす視線、交わる指先、深い交接が齎す甘さに酔ってきた。幾度も。幾度も。幾度も。  若者らしく性や感情に暴走しなかったのは、二人の前に明確な一本のレールが敷かれていたことを強く意識していたからだろう。  軍人となり、国を変えるという険しいながら進み甲斐のある道だ。  それに外れてしまえば胸に抱く野望を失ってしまうことを、言葉なく理解していたのだとヒューズは思う。  風化することが互いの為になると、けして口にすることがなかった言葉がある。  あの頃恐れたその言葉を臆せず口にしていたら、未来はどう変わっていたのだろうか。  二人の間に通っていた甘いモノの名を知らないと嘯けるほどには、ヒューズは大人だった。 「……ヒューズ。お前は、考えたことがあるか?」  暗い記憶の海から強制的に引きずり上げたのは、艶めいた低音。  どこか懐かしいとさえ感じたのはこれが部屋に入ってからの第一声であったからだろうか。  唐突に言葉を発した目の前の男へ、恐る恐る視線を向ける。 「ロ、イ……」  無意識に相手を呼んだ声は渇いていた。  ヒューズと対峙した表情に先程の顔は見あたらない。  そこにあったのは、鮮やかな炎が宿り不敵に煌く黒い瞳だった。  熱の篭った眼差しを受けて、ヒューズの心臓が大きな音を立てた。  予期できぬ不安、掻き立てられる好奇心、密やかな興奮がヒューズの鼓動を盛大なものにしてゆく。  この状態はまるで――そこまで考えて、ヒューズはゾッとした。 (……俺は、同じ野郎で親友でもあるロイを意識している、のか?)  自分はもう自由奔放な独身貴族ではない。家に帰れば愛する家族の待つ、責任ある身だ。  ずっと親友として共に歩いてきたロイを今更、恋愛感情を絡めて考えることなんて有り得ない。くだらん、そう自らの考えを  一蹴しても、爆発しそうな心臓の鼓動は治まらなかった。  静謐な室内を共有するロイにはきっと聞こえているのだろう。ゆっくりと笑みを刻む口元がヒューズの心を見透かし肯定しているように思えた。  月光に晒されたその表情は凄惨な艶を纏い、圧倒的な存在感をヒューズに植えつける。  瞬間、空気が変わった。  瞳の中で揺らめいていた炎が一気に燃え上がり、鋭く細めれた黒い瞳がヒューズを射抜いた。  肌が粟立ち、身体が震える。見えぬ刃が首元に押し当てられ皮一枚を裂くような緊迫感に、ヒューズは呼吸を忘れた。  爛々と光るそれはまるで全てを支配せんとする、支配者然とした眼差し。今まで見た事がないものだった。 (――こんな目をすることが、出来るのか……?)  混乱する頭と同時に喉の渇きを覚え、液体を求めて視線が彷徨う。ロイから視線を逸らしたヒューズの目に、グラスの残骸とワインの染みが映った。  一口でも飲んでいれば、この現状は酒が起こした夢だと誤魔化すことが出来ただろうか?  床を汚すこってりとした濃厚な紅に誘われ、唾液を嚥下した。   「……私は、考えたよヒューズ」  一際低く、囁くように漏らした声音にえもいわれぬ身震いがヒューズを襲う。握られている手に力が込められる。  骨が軋むほどに強く手を握るロイへ非難の眼差しを向けるヒューズの目に、先程と変わらぬ艶笑がさらに深まってゆくのがスローモーションのように映った。 「何、言ってるんだ……お前、は」  渇いた喉から搾り出した声は、自他ともに震えていると判る声だった。  鼻で一笑したロイは、言葉の先を焦らすように間を空けながら顔を近づけてゆく。  端正な輪郭がぼやけ、熱い吐息に頬を撫でられても、ヒューズは身動き一つすら出来なかった。  知らなかったのだ。目の前の男が、荒々しくも美しい野獣のような性を持っていたことに。  過ちを犯したあの頃とは違う研ぎ澄まされた性の顔は美しく、見蕩れてしまった。  尚も縮まる距離は止まらない。悪戯に吐息で頬を撫でた後、ロイは耳元へ迫り言葉の続きを吐息に乗せる。  「……もう一つの未来をな」  子供に言い聞かせるようにゆっくりと囁いて、ヒューズの耳朶を舌先で舐め上げた。 「くっ……! ロ、イ…っ…!」  じり、と走った鋭い感覚に息を呑んで、ロイから身を離した。  同じ男に見蕩れた上、接近を許してしまった自分の愚かさを咎めるように、心臓は激しく打つ。  睨みつけても黒い瞳はたじろぐどころか、ヒューズの行動を見越していたのか微笑みを絶やさない。 「私は考えた。お前はどうだ?」  月光の下で黒い瞳はやけに濡れた煌きを放ち、目が奪われる。  視線を通わせながらヒューズの手は相手のされるがままに、するりと指が絡んでいく。指で節を撫でられ、時折肉を摘まんでは戯れる。  子供みたいに指で遊ぶ雰囲気ではない、どこか艶かしい絡みに思わず性行為を連想してしまい、頬がカッと熱を帯びる。   「離せ、っ……!」  慌てて腕を引くも、ロイの手は一層絡み付いて逃そうとはしない。  指先で丹念に付け根を撫でる動作にむずがゆいものを感じて、眉を潜めた。  ヒューズの表情の変化に、ロイの笑顔が艶を纏う。  「どうしたいか言え、マース。……また、抱いてやろうか?」  もう片方の手もヒューズ目掛けて伸ばされる。  指先に触れ、手の甲、手首へとゆっくりと辿る掌に、眩暈を起こしそうになる。  力強く抱き締める腕、繊細ながら大胆に蠢く指先、一瞬も逃さないとばかりに張り付いてくる黒い瞳。  ――あの頃、周りには見せないロイを自分だけが知ることに、優越感を覚えたことはなかっただろうか?  ――あの頃、口に出すことを恐れた言葉が、二人の間には通っていたのだろうか?  知りたいと、強く思った。自分自身の推測だけでなく、ロイの口からどうであったのか、聞いてみたかった。  その手段が身体を差し出すことであっても……いや、身体だからこそ伝わる言葉が、ある。  今にも暴発してしまいそうな心臓の鼓動を響かせながらヒューズは唇を震わせた。  ロイの瞳は更なる光を帯びて、見せ付けるように舌舐めずりをした。 「お、俺は……お前、に」  抱かれたい――引きずり出された言葉が音になる前に、突然、鐘の音が響いた。  ヒューズは驚いて唇を言葉を切り、大きく肩を揺らした。突然の闖入者に心臓が破裂しそうな勢いで跳ね上がる。  素早く音の正体を探ると、執務室の壁に設置された時計の時報であることがすぐに判った。時刻は午前0時を示している。  忙しない心臓の音を聞きながら心中で「びっくりさせやがって」と悪態をつくと、ふと指先にぬくもりがないことに気がついた。  見れば逃げようとも逃れられなかった頑なだったロイの指先は、もう自分になかった。 「……タイム、アウトだ」  ヒューズが目の前に視線を向けるのと、ロイが新しいグラスに注ぎ直したワインを差し出すのとほぼ同時だった。  あまりの早業に目を見開いているヒューズの前にいるロイの瞳には、もう先程の色はなかった。  そこにいたのは部屋に来いと誘った、にこやかな親友の姿だった。 「飲まないのか?」問いかけながらいつしか新たなワイングラスを進める相手からグラスを受け取ろうと指先を伸ばし  一瞬走った緊張に身が竦むも、今度は無事に手元へ寄せることが出来た。  僅かに触れた手は酷く熱かった。 「二人の友情に、乾杯」 「あ、ああ……」  こつん、とグラス同士がぶつかる音が小さく響き、ヒューズは気の抜けた返事をした。  グラスを揺らして色、香りに酔いしれるロイは普段通りだった。  熱の篭った眼差しに指先、その名残のない目の前の男に、肩透かしを食らった気分になる。  親友は大層酔っていた。気紛れにたちの悪い悪戯を仕掛けたんだろうか……そう考える自身の心に何故か引っ掛かりを覚え、  ヒューズはトゲのような物を流そうとワインを一口含んだ。喉を通る香りと味は今まで飲んだものよりも最高なのに、美味いとは感じなかった。 「お前、一口で酔ったか?」  ワインのように紅い顔をしているじゃないか、と嘯く端正な顔がワイングラスを呷った。 (結局、俺はからかわれただけ……暇つぶし、か)  自嘲が広がる。  ――意識していたのは自分だけだった、と。 「友情に、乾杯」  白々しい笑顔を浮かべる親友に、ヒューズは唇を噛んだ。なんて様だろう。  たかが酔っ払いの遊びに忘れかけていた熱情を呼びこされてしまっただけでなく、自分は何て言おうとした?  屈辱を刻んだ男を睨みつけながら、世に出ずに済んだおぞましい言葉と共にグラスに口をつけて、一気に呷った。  身体の奥へと消えてゆくアルコールの塊といやしい気持ちが混ざり、不思議な酩酊感に襲われた。  途端、急なアルコール摂取にやられたのかぐにゃぐにゃと歪んでゆく世界。  その中でロイだけは正しい形をしていた。ワインを飲む姿が、いつ見ても様になっている。  気持ちの悪い揺れが治まった頃には、心地よい感動が待っていた。 「あ……れ、美味いな、これ……」 「だろう? もっとどうだ?」  思わず呟いたヒューズに、ロイは嬉しそうに笑った。  美味いと思えない先程の自分がどうかしていた。これはロイの言う通り美味い酒だった。  底を焼く熱は抗い難い甘美な快楽に似ている。確かな存在に触れようと片手で腹を撫でながら、ヒューズは空のグラスを差し出した。  ロイは微笑みを浮かべるだけで何も言わず、ボトルを傾ける。  注がれるワインに喉を鳴らしながらグラスが満たされるのを待つ。  一秒でも惜しく感じる、身を焦がすほどに魅惑の紅が、とてつもなく欲しかった。 「昨日がくるたび思い出すんだ……あの熱さを」  ワインを注ぎ終えたロイのぽつりと呟かれた台詞に、ヒューズは頭を上げた。  突然発せられた言葉の意図に頭を巡らす間もなく悟る。  鐘が鳴る前の日はロイが初めて人を殺した日。――二人の秘密が始まった日だった。 (こいつも、俺と同じ……だったのか?)  あれは、酔っ払いの遊びじゃなかったのか? コイツも、俺と同じ熱の記憶を共有し……囚われたのか?  問わずとも自分のグラスでワインを揺らすロイの瞳を見れば明らかだった。妖しい焔の名残か微かに潤んで見える瞳は酒のせいだけではないだろう。  ヒューズの胸に暗い悦びが満ちてゆく。腹が急激に熱を帯びて、身体が、喉が異常に渇いた。  グラスを満たすワインを一気に飲み干して、粘膜を滑らかに愛撫するアルコールの刺激に酔いしれた。  身体の隅々まで広がる甘い痺れを瞼を閉じて堪能しながら、ほうほうからまだ足りないとねだる声の洪水を聞いていた。  危ういこのバランスを崩すのも、時間の問題かもしれない。  覗いてしまったのだ、忘却の彼方にあったあの熱の記憶を。  今度手を伸ばしたらどんな熱が、どんな未来が待っているのだろう。  月光に照らされているグラスの残骸が、眩い煌きを放っている。  それは輝かしい未来の存在を示しているかのようだった。 「ほら、まだ飲めるだろう? ヒューズ」 「ああ、サンキュ」  酒を勧めてくるロイにグラスを向けた。心地よい音と共に空隙を埋める紅に目を奪われる。  来年の昨日には、もっとアルコールの高い酒を持参しようか。男二人で飲みきれぬほどの量を用意して、宴を催そうじゃないか。  酔ってしまえばいい。全て酒のせいにしてしまえばいい。  この魅惑的なクリムソンの采配に身を任せればいいのだ。  「何が」あっても「酒の過ち」で済むのだから。 「またこうして飲もうぜ、ロイ」  暗に潜めた約束に、男は微笑んだ。  乾杯をしようと誘う男のグラスに、ヒューズは自分のグラスをぶつけた。  繊細な音色のグラスの響きに忘れえぬ誓いを込めて。  記憶が交差する日、熱を抱く共犯者も交差するだろう。  どんなに理性的でも、甘い快楽に抗える人間などいないのだから。                                                      「クリムソンの采配」H21.4.23

 

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