彼の事情、僕の恋愛感





 ロイさんがお休みの日は毎回、彼の家へ泊まりに来ていた。  そして今日も例外なく、僕はロイさんの家にいる。  いつもなら話上手のロイさんと会話が弾み、笑いが絶えない時間帯。でも今は、大きくふかふかなベッドの上で  向かい合い座している状態のまま、無言の時を重ねていた。……かれこれ10分は過ぎているかもしれない。  ピリピリと痺れる足に、いつの間にか自分が正座してしまっている事に気が付いた。  ……ロイさんと気まずいのも、足が痺れるのも、コレのせいだ。  変なプレッシャーを与える物体へ、ちらりと視線を送る。  二人の間に堂々と存在する、全ての元凶――ベビードール。  数分前と変わらず有り続ける光景に、こっそりと溜息をついてしまう。  ふんだんにフリルがあしらわれ、淡いピンク色のそれはとても可愛くて、ロイさんの趣味の良さを伺わせる代物だと思う。  大好きなロイさんからのプレゼントに、喜ぶべきなのだろうが……素直に喜べない理由が、ある。  触れることを渋りに渋って来た僕は意を決して、そおっとベビードールを掴み、目の位置まで持ち上げた。  ベビードールの向こう側にロイさんが見える。すぐ前に座るロイさんの顔を見るのに困らないくらいの透けっぷりは、  ロイさんのにこやかな表情の中に、期待が見え隠れしていることまでわかってしまうくらい。  僕は誰にも、実の兄でさえも肌を見せたことがない。だから、戸惑う。  こんな――スケスケのベビードールをプレゼントされて、着ろと言われても。  期待に満ちた黒い瞳が、僕をじっと見ている。そこには、僕が断ることはないだろうという自信に溢れているように見えるのは錯覚じゃない。  大好きなロイさんのことで、僕は間違うことはないんだ。彼の頭の中にある、僕の言葉はきっと、 「わかりました……」  この一言だろう。  好きな人の期待を裏切れない僕は、溜息混じりにロイさんに応えた。  途端嬉しそうに、子供っぽく笑う彼の表情に色艶がないことにほっとする反面、ちょっぴり残念でもある僕はワガママなのかもしれない。  こんな……いやらしい下着をプレゼントされてから、やっと恋人同士なのだと、改めて思いなおしたのだから。  毎日ハグしてキスをしていたのに、あまりにも自然で当たり前になってしまっていたから「恋人」の事実をうっかり忘れていた。  ……こういうことがあってもおかしくない関係、なのだ。  心臓がとくん、とくんと平常時の鼓動を忘れたかのように激しくなっていく。  着替えるべくベッドから降りようと身体を動かすと、緊張しているのか動きがぎこちなく感じてしまう。  それを悟られてしまうのが恥かしくて、頭にいつもの自分を思い浮かべながら、隣の部屋へ向かった。  ロイさんから離れていくたびに視線が強く、追ってくる。寝室の隣、ロイさんの書斎へと入るまで真っ直ぐに向けられていた。  閉じた扉に背もたれて、今一度、ベビードールと向かい合う。 「こんなの……着たら丸見え、じゃん」  恥かしくてたまらない。でも、大切なロイさんからのプレゼントだ。  僕は出来る限り衣擦れを立てぬよう、パジャマを脱ぎ捨てた。  サイズはピッタリだった。さすがロイさんと思う反面、少々憎らしかった。  太腿丈のベビードールからは、動けば同色のショーツが見えてしまいそうだが、結局は透けているのでどっちみち  見えていることになる。というか、上半身は丸見えなのだ。 「……ロイさんに見せられないよ、これじゃ……」  ふんわりと包み込むような着心地のベビードールは、女性特有の丸みを帯びた身体に沿ってなだらかなラインを作っている。  材質がいいのか、肌触りは悪くない。ただ、これがもっと普通の服だったら素直に喜べたのに。  ロイさんはどうして、こんなのを選んだんだろ? 下着とはいえ隠すよりも見せてしまう服を、どうしてプレゼントしたのか。  鏡の中の自分には、不似合いだと思った。  ベビードールの胸元を隠していた腕をゆっくりと退けると、ピンクの生地を押し上げる二つの膨らみが現れた。  丸く盛り上がるそこを包むベビードールが、更に女性の部分を強調しているようで、急に恥かしくなってくる。  これが「いやらしい」んだと、意識してしまう。  何気なく毎日見ている身体に、心臓が早鐘を打つ。  こんなのを着た自分をロイさんはどう思うのだろう? 「アルフォンス、着替えたかい? そろそろ待ちくたびれたのだが」  扉越しに声が掛けられる。  思考のなかにいきなりロイさんの声が入ってきたことに、思わず身体をぴくりと揺らしてしまった。 「あ、はい! 着替えました」  慌てて素直に応えてしまったことに、自らの失態を覚える。  ここで着替えてないって言ったら、先延ばしに出来たのに! ……応えてしまったものは仕方がない。 「あ」  このままロイさんの元へ行くしかないのかな、と思った僕の目に、椅子にかけられたロイさんのシャツが目に留まった。  考える余裕などなかった。ひったくるように手に取ると、急いで羽織ってボタンを留めていく。  シャツからはみだす太腿も恥かしいけど、丸見えのベビードール姿よりは幾分もマシだ。  強く地面を蹴って目の前に迫った寝室へと続く扉を、荒い動作で開いた。  瞬間、ロイさんと目が合う。じっと張り付いて揺るがない視線に、つい立ち止まってしまった。  勢いのまま彼の元へ駆けていき、いつもみたいに笑って抱きつこうと思っていたのに。  完全に勢いが殺されてしまって、行動するタイミングが掴めない。  ロイさんは言葉もなく、僕を見ている。  黒い瞳からは、今どんな事を思っているのかとか、掬い取ることは不可能で。微かに身体が震えてしまう。  怒って、いるのかなか? シャツを羽織ってしまったことを。  せっかく選んでプレゼントしたベビードールを隠すようなマネをして、失礼、だったのかな? とはいえ、あんな格好でロイさんの元へは行けない。  シャツの上からぐっと胸元を握った。この下は、誰にも見せたことがない。だから戸惑うんだ、恥かしい。  ロイさんの視線が、僕の身体を上下していく。黒い瞳が何を思って見ているのか、判らない。  こんなことは初めてだった。ロイさんが怖いと思ったことや、見られていることが恥かしくてたまらないことが。  拳を柔らかく受け止める膨らみは、男の彼にはないもの。女性だけにある女性の象徴だ。  ……僕は、ちゃんと男女の違いと付き合うという事をわかっていたのだろうか?   足が震える、動かない。ロイさんはそんな僕をただじっと見つめているだけ。  視線に晒されていく時間が増えるたび、僕は自分が女性だと意識していく。女性の部分を刺激される。  心音が煩い、くらくらと眩暈さえする。ロイさんは男で、僕は女。当たり前のことを判ったつもりでいて、判っていなかったのだ。  脳裏に、鏡の中の自分を思い浮かべた。  逞しい肢体で包み込んでくれるロイさんとは、圧倒的な違いのある華奢で柔らかな身体。  僅かな違和感が身体を巡っていく。心なしか、膨らみが張リ詰めていくのを感じた。  違和感は上だけじゃなかった。感覚を追うように視線を下へと移し――。 「……っ」  小さく息を呑んだ。ショーツで隠された部分が熱く、ゆっくりと「何か」が内を濡らしていく感触。  女性になって、初めて体験する変化だった。  もう、動けなかった。これ以上進んだらロイさんに、知られてしまう。 「アルフォンス、おいで」  今までじっと見ているだけだったロイさんが、僕にとって最悪なタイミングで呼びつけた。  突然の言葉に面白いくらいびくりと身を揺らしてしまったが、耳に届いた声がいつも通りで少しほっとした。  きっともう、あの見た事のない瞳は大好きな顔にはないんだと、安心した僕が見上げた先に想像通りの優しい笑顔が映る。  だが、瞳は先程と少しの違いもなかった。じっと射抜く黒い瞳が、僕を捕えていた。 「ロイ、さん……」 「ほら、アルフォンス? おいで?」  泰然と伸ばされた腕が、僕の掌を待っている。それも、いつも通りだった。穏やかな声も、優しい笑顔も。  黒い瞳だけが、そこにある「違和感」だ。  一歩、一歩、とゆっくりと彼の元へ近づいていく。違和感からは目を逸らして、伸ばされた腕だけを見て、進んでいく。  その間も黒い瞳は僕から離れる気配はない。ロイさんの掌へ、恐る恐る掌を重ねた。  ロイさんの大きな掌が熱い。今まで一度も熱いと思ったことはなかった。  また、ひとつ、違和感が僕の胸に根付く。そっと包まれる仕草は普段通りなのに、普段通りだと意識せずにいようとするも、  掌の熱と黒い瞳が普段通りを拒否する。わからなかった、このロイさんは僕の知っているロイさんでありながらも違う。男の、ロイさんだった。  ぼうとしていた僕の掌を軽く引っ張って、ベッドの上へと誘われる。  迷った末に、僕はロイさんのベッドに膝をついた。ぎし、と鳴る小さな音がやけに耳につく。  ロイさんの掌に引かれるように、彼の元へと近づいていく。 「……捕まえたよ、アルフォンス」 「あっ……ちょ、ちょっと……!?」  招かれた先は予想外の場所。ロイさんの膝の上、だった。 「ここに座ってくれ」と膝立ちで躊躇う僕を促してくるけど、簡単に座れるものじゃない。  彼の膝の上に座ることは初めてだし、しかもこんな姿で座れ、なんて。  それに密着してしまったら身体の変化が、バレてしまうかもしれない、から。  黙って躊躇していると、ロイさんが腕を掴んでいた手を離し、頭をぽんぽんと撫でてきた。 「やはり、まだ早いかい?」 「え?」 「シャツの下の君を、見せてくれるのは」 「ロイさん……」  にっこり笑ったロイさんの瞳にはもう、あの違和感はなかった。  穏やかな表情の中、垣間見えるのは少し寂しげに見える感情。……僕は、その顔に見覚えがあった。  ロイさんが休みの度に泊まりに来る僕を招いてくれる、その時にいつもいつも。 「……何でそんな顔をするんですか?」  考える前にはもう、口に出していた。  ロイさんは僕をあやす様に頭を撫でながら視線を宙に彷徨わせた後、僕を見た。  頭にあった大きな手が今度は僕の右頬を包んで、撫でてくれる。 「君が欲しいと思っていた。私も大人の男だ、隣に愛する者がいればどうしようもなく欲情する。  だが、それは私の勝手だ。己の葛藤故、だろうか」  頬から流れるような動きでするりと肌を撫でていくロイさんの手はやはり熱く、触れられる場所が熱を移されたように熱くなっていく。  僕はロイさんの黒い瞳から目を逸らせず、ロイさんの言葉を反芻していた。  ロイさんが、僕に欲情する。考えてこなかったとはいえ、男として当然の反応だと思う。  でも、僕はこれが現実のものなのか、夢うつつ状態だった。  確かに、僕たちは恋人同士だからいつかは来ること、なんだろう。  けれど今までの付き合いの中で色めいた部分はほぼ皆無だったから、僕たちが男と女だという事が、あまり意識することはなかった。  幾度も交わしたキスだって、ドキドキはするものの、極端に言ってしまえば、友愛のもの、だったかもしれない。ロイさんの意図は判らなくとも。  ロイさんのことは本当に好き。この気持ちが恋だと認識している。  今まで感じたことのない熱さも、身体の変化も、好きだから起こること、なんだろう。 「ようやく、私を男として意識してくれたようだね? アルフォンス」  微笑んで頬に口付けるロイさんの顔が恥かしくて見られない。  熱くなった顔を隠すようにロイさんの肩へと顔を埋めた僕の背を、大きな手が撫でてくれる。落ち着くはずの動作が、  今はもっとドキドキを生み出すきっかけになる。ドキドキと高鳴る胸はもう止まらない。小さく「ごめんなさい」と言葉を吐き出すのが精一杯だった。 「いや、君が謝る必要はないんだ。もう少し待てると思っていたのだが……君と過ごすたびに私のモノにしたい、全てを知りたいと思う  気持ちが強くなってしまって、あんなものをプレゼントしてしまった」   照れた様子で言葉葉を重ねるロイさんが愛しくて、きゅうと胸が締め付けられた。  正直、どうしたらいいのか判らなかった。  そういうことに対しての戸惑いと、大好きなロイさんがそこまで想ってくれていたことに気がつく事ができなかったのがすごく悔しい。  恋人同士以前に、僕たちは考え方の違う他人だ。言葉や態度という手段を持ちえても、近づくことは出来ても完全に理解することは難しいだろう。  判らないことがあるのはきっと、当たり前だと言ってしまってもいいと思う。  でも僕の知らないロイさんがいたこと、男の顔を見てうろたえる自分が、悔しくもあり許せなかった。  こんなに悔しいのは、知らずうちにロイさんのことを全部知った気がしていた、からかもしれない。  今までの付き合いで満足しこれ以上ないと思ったのは、知ろうとしなかったのは慣れという名の怠慢、だ。  知りたい、知り足りない。ロイさんがすごく、知りたかった。  ゆっくりと彼の手を掴み持ち上げた。行き先はシャツのボタン。視線で外すように訴える。  見開かれた瞳が驚きと、ちょっとの躊躇いに揺れたのは一瞬だけ。すぐに上から順に、長い指がボタンを外していった。  ひとつふたつと外されていくたびに、僕の心は揺らぐ。  選択は間違いじゃない、知るために必要なことだ。初めて人に肌を見せることに震える身体を宥めるよう、言い聞かせる。  頑なに拒み続けた僕の羞恥心の元を、ロイさんの大きな手が露にしていく。  最後のボタンを外し終えて、シャツが肩から落ちれば、ピンク色のベビードールが現れた。直接肌に空気が触れ、布下に息づくふくらみが揺れた。  黒い瞳が僕を見ている。頭からゆっくりと下へ、下へと視線が身体を辿っていく。  恥かしくて隠してしまいたい、その心の底に渦巻く熱さは興奮、というものだろう。  見られている部分が、見られていない部分までもがとても――とても熱い。  普段何とはなしに繰り返している呼吸音もやけに熱っぽい気がする。こんな自分すら、知らなかった。 「似合っているよ……君は、私のものだ」  黒い瞳が見た事のない色で僕を映す。陶然としたような感じで紡がれる言葉から伺えるものは、僕の興奮よりも色濃くて、心臓が早鐘を打つ。  震えてしまうのを堪えながら、ロイさんへと手を伸ばした。 「あなたも僕のもの、ですよね?」  ロイさんは口端を上げて、僕を見る。 「……君は本当に私を君のものにしたと、思っているのかい?」  「どういう、意味ですか?」  「こういう意味で言ってるんだ、アルフォンス」  腕が腰に回されたかと思うと、抵抗の間も与えぬまま、ロイさんは膝へと僕を向かい合わせになるよう座らせた。  ぎゅっと抱き締められて、二人の身体が衣服越しに密着する。慌てて反射的に逃れようとする僕を、ロイさんは腕の力を強めて咎める。 「わかるかい? 私が君に欲情していることが」  何? と問おうとした時、ロイさんが僕の腰を揺らし始めた。いきなりの行動に、振り落とされないように咄嗟に肩を掴んだ。  ゆらゆらと揺さぶられて、衣擦れの音が静かな部屋に響く。  そして気が付いた、僕の下半身に当たる、固い感触を。 「ロ、イさん……!!」 「初めて見た君の肌は、想像以上の白さだな……」  かっと頬が熱くなる。非難めいた悲鳴を上げても、ロイさんは聞こえていないように無視をして、感嘆の息を漏らしながら揺らすことを止めない。  まるで円を描くように揺らされ、下半身は隙間なく重なり合う。熱いその塊が、僕の中心から離れることなく擦り付けてはぐいぐいと押し付けてくる。  なんともいえない感触に身じろぐも、逆に自らも摺り寄せてしまう形になってしまい逃れられない。  恥部同士が重なり合うこの状況がとても恥かしい。押し付けられるロイさんの塊が怖い。  でも、擦り付けあうこの行為に、微かな甘さを感じていたのも事実だった。  自分ですらきちんと見たことのない女性の部分に、ロイさんの男性の部分が押し付けられる。いまだ体験したことのない性交渉を  思わせる動きに恐怖はあれど、大好きな相手を中へ導く行為は、どんな感じなのだろうかとかすかな興味が湧き上がる。  気持ちが昂るにつれ、身体が感じた甘さが大きくなっていく。擦り付けられる中心が熱くて、意識なく疼いてしまう。 「アルフォンス、君も欲情しているのかな? 私のよりも熱く、時折誘うように動いているぞ?」  耳元で低く囁かれて、びくりと身を竦ませる。   「そんな、こと……!」 「あるだろう? ほら、胸だって先を勃たせて、色づいた姿で私の身体を突いてくる。欲情、しているんだろう?」 「あ……っ!」  下半身の変化にばかり気を取られていて、気が付かなかった。  見下ろした膨らみの先、ぷっくりと尖らせた先端が布地を押し上げていた。  違う違う違う。こんな自分は知らない。指摘されて恥かしいのに、体の奥底が熱くなっていくなんて。  尚も擦り合わされる男女の違い。熱く、湿り気を帯びた部分がピクピクと痙攣するように動いているのが判る。  認めてしまった顔には困惑しか浮かばない。それが、ロイさんの言葉を肯定していることに、僕は気が付く余裕などなかった。 「知りたいかい、アルフォンス? この疼きを……私を」  腰を抱く手に力が篭る。  痛い、声もなく叫ぶ僕に、ロイさんはそっと口づけてきた。 「私は、君を知りたい。愛する君を全て知り尽くして、私のものだと、身体中に教え込ませて刻みつけてしまいたい。  時にそっと触れるように、時に傷をつけかねない程に強く激しく。いまだ見たことのない君を、私の腕の中で見てみたいんだ……」  肌に刷り込まれていくような囁きの一つ一つが甘くてたまらない。  ロイさんから受け取る感情は紛れもない愛情。その中にちらちらと伺える、黒い炎のような感情は僕も知っている――独占欲。  それは、僕だって持ってるもの。間近で望む彼の瞳は吸い込まれそうなくらいに黒かった。  底が見えない未知への恐怖に体が竦む。だけど、僕が誰よりも大好きなロイさん。  知らない表情をしていたって、造作は普段と変わらない。  熱く激しい言葉を僕に向けたって、低く優しい声は変わらないんだ。  ロイさんが、知りたい。  僕の知らないロイさんを知るたびに小さな絶望を味わうくらいなら、いっそのこと、彼から伸ばされた手を掴んでしまおうか。  この身体を使って、彼の全てを引き出すのもいいかもしれない。  踏み切った僕の内に、今までの戸惑いや恐怖はもうなかった。 「……ロイ、さん」 「何だい?」 「ロイさんを知りたい。全部、教えてくれますか?」 「……喜んで。朝陽が君の肌を照らすまで、私という男を教えよう」  世界が反転する。  背中に柔らかいベッドの感触が押し付けられ、真正面にはロイさんしか映らない。  微笑んだ彼の表情は、ベッドサイドに灯されたランプの火が消されると見えなくなった。  暗闇の中、性急に求められた口付けは熱く、すぐに溺れてゆく。  愛しくて切なくて、激しい。初めて身を欲する熱い感情を、ロイさんの熱さをこの身で知った。  闇に包まれながら思う。闇は隠すのに絶好の場所だと。  あなたを暴こうとする僕の顔はハジメテのくせに、とてもとても悦んだ表情をしていただろうから。                                                           「彼の事情、僕の恋愛感」H19.2.1

 

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