ああ、うら若き恋人よ





 どこへ行っても視線が付いてくる。  本を読むアルフォンスが発信源だということは、自身の家に二人しかいないのだから当然だ。  愛してやまない、目にいれても痛くないほどに可愛い恋人に始終見つめられるのも悪くはない。  だが、少しばかり妙なのだ。仕事から共に帰って来て着替えようとした途端「そのままでいて下さい!」と必至な面持ちでくらいついてきた。  あまりの剣幕に押し切られる形で頷いてしまい、今に至る。私としてはすぐにでも堅っ苦しい軍服を脱いで、くつろぎたい所なのだが。  しかも久しぶりに二人きりで過ごせるというのに、彼はソファで行儀よく腰掛けながら読書に耽り、非常に手を出し辛い。  家に着いてすぐ夕飯よりも先にアルフォンスを堪能しようと心ひそかに思っていた為に、予定が狂った今は手持ち無沙汰であり、  こちらも明日に回そうと思っていた書類を鞄から出して目を通す羽目になる。  そして気がついた。彼の読書という姿勢は、見せ掛けであることに。  まるで監視をしているかのような鋭さを持って、金の瞳は私の動きを逐一逃さぬよう追いかけている。  一定のスピードで捲られる本。紙の擦れる小さな音が大きく聞こえる程に静かな部屋は、変な緊張感に包まれている。  これが一体何を意味し、何の伏線となっているのか……考えながら資料を追っていた目が、とある文章で止まった。  その中にあった「疑がわれる」という言葉に、心臓が跳ねた。  もしかして私を疑っている――のか? いやいやいや、やましいことは何もないぞ。確かに私は人より目を引く風貌だ。  長く生きてきて今更知らん振りをするつもりはない。散々浮名を流してきたが(中には私ですら身に覚えのない事が噂として一人歩きしていたようだが、  それは上に立つ身として仕方のない現象だろう)、アルフォンスと付き合ってからはただ一人を愛し、不貞行為などもってのほか。  上司から断りきれぬ誘いで女性と飲んだことはあれど、手を出したこともない。  世間一般で考えられる原因を思い浮かべては却下するうち、全ての原因を潰した自身の以前に比べればマトモな様に内心苦笑する。  では、恋愛絡みでないとすれば何がある? 刺すような視線を感じつつ、模索する。  仕事関係の悩みなどどうだろう? 若いながらも優秀でテキパキと仕事をこなす彼も、人には言えぬ悩みがないとは言えない。  もしかしたら、それを言い出そうときっかけを掴む為に無言のプレッシャーを与えているのではないか?  ……とはえいえ、全て私の想像上である。  あれやこれやと考えるよりも聞いた方が早い上に、確実だろう。 「ロイさん……ちょっと来てください」  口を開こうとした瞬間、あちらの方から声をかけられる。  張り詰めた表情で手招きするアルフォンスにとうとう本題かと、若干の緊張を伴いながら頷き側に向かえば。 「ロイさんっ!」  大仰な音を立てて分厚い本が床へ落ちると同時に、細い腕が腰に巻きつき抱き締められた。  急を要するかのような行動に事態は緊迫しているのかもしれないと思い至り、そっと彼を抱き返そうとした時だった。 「やっぱりいい腰してますよね……ロイさん」  いい腰? うっとりと妖しげな吐息を漏らし腰に頬を擦り寄せるアルフォンスは大変可愛らしく、頬が緩んでしまいそうになるも、突然の展開に頭は付いていかない。 「は? 何だって?」 「ロイさんの腰、すごく色気あるんだもん……仕事中はどうにか我慢してるんだけど、こうして二人きりになると抑え切れなくて」  結構大胆なことを口にしているアルフォンスの、幼さの残る頬がどんどん赤みを増してゆく。心なしか潤む大きな瞳が男としての欲を掻き立てていけない。  が、いまいちこの状況を飲み込めていない私を咎めるかのように、真っ赤になったアルフォンスが怒鳴るように叫んだ。 「だから、ストイックな制服でその腰のラインがヤバイ! ってことなの!」  それからつらつらと妙な迫力を伴い言葉を並べるアルフォンスの勢いに押されながらも耳を貸していれば、漸く理解することが出来た。  つまり、軍服の上からでもわかる腰から尻へ向かうラインに惚れ惚れするのだという。……これは世に言う、フェチというやつだろうか?   私が太腿を好きだと公言するように、アルフォンスは腰に魅力を感じるということか?  ……私が言うのもなんだが、非常に複雑だ。 「……これはありがとうと言うべき、なのだろうか?」   「褒めてますし、お礼言われると嬉しいです」 「そうか、ありがとうアルフォンス」  腑に落ちないながらもそっと頭を撫でてやると嬉しそうに一層腕の力をこめる彼に、苦笑する。 「実際抱きついてみると、本当綺麗に筋肉付いてることよく判ります……お尻も引き締まってて」 「こら、くすぐったいぞ」  エスカレートする小さな手の平が尻を撫で始め、どこか危うい手付きに雄を煽られてしまう。  やけに嬉しそうに触れるから止めることなんて出来ずそのままの体勢でいるわけだが、相手が君を愛する男だということを意識して貰いたい。  ……いつまでも紳士でいられるとは、思ってくれるな。 「アルフォンス、君のその趣味は私だけかい?」 「当たり前ですよ! 誰の腰がいいわけではありませんし、ロイさんだけにしか色気なんて感じません……」  本人は狙っているわけではないだろうが、目元を染めて腰に頬を摺り寄せる様に、スイッチが入ってしまった。 「アルフォンス、君は私を」 「お風呂入ってきます。……上がったら仲良くしてくださいね?」  誘っているのか? そう囁こうとした瞬間、上手い具合に言葉を重ねて来たアルフォンスが、深く抱き締めるべく伸ばした私の腕をすり抜けていった。  そのあまりに巧妙なタイミング、意図的に阻んでいるのではないだろうかと勘繰りたくなりがっくりと頭を下げた。  恥かしそうに「仲良くして下さいね」と頬にキスをした後、小さな背がパタパタと風呂に通じる扉へ消えていった。  アルフォンスらしい「お誘い」の言葉に自然と零れる笑いを唇に刻みながら、腰に手を当てる。  アルフォンスのぬくもりが若干残っているそこに、彼の新たな一面に対する愛しさが込み上げる。  毎日が発見と驚きの日々に退屈することはないけれど、歳若い彼の思考にはこれからも理解に苦しみそうだ。 「……色気?」  ただ歳取って肉付いた腰に色気を感じただけとか言わんよな?  どうしても年下の恋人の言葉に納得できず、リビングにある鏡で様々な角度から自分の腰を見た結果。  鏡に映った情けない表情の自分を見て、少しはデスクワークを減らそうか真剣に悩むのだった。 「アルフォンスは腰が好きなんだろう?……こういう動きも好みなのかな?」 「あ……んんっっ! やっ、もう……っ」  掻き混ぜるようにして濡れた内部を己の熱で揺さぶれば、可愛らしい声を上げ言葉とは逆に自分から腰を押し付けてくる。  いつにも増してセックスに積極的な恋人の姿は珍しい。行き来する度に淫猥な音を響かせる接合部から、先に放出した精液が  とめどなく溢れ出しては、滑らかに奥へ奥へと誘い更なる悦楽の境地へ誘ってくれる。 「こう、いうつもりで……言った、んじゃ……!」 「仲良くしようと言ったのは君だろう?」  腰を揺らめかせながら締りの良いアナルから漏れ出す己の精液を指ですくい、アルフォンスの口元へと持ってゆく。 「舐めるんだ。私の全ては君のモノなんだろう?」 「うぅ……んっ、おいし……っ」  両手で恭しく私の手を掴み、言われるがままに舐め取る赤い舌を汚す白とのコントラストが卑猥だ。  何も言っていないのに指先では飽き足らず、甲までをも清めようとする姿に唇を歪める。  もっとこの可愛い恋人が乱れ、泣き叫ぶ様を見たいという欲求が湧き上がってくる。  欲に正直な私は内なる衝動に身を任せ、小さな体を抱えてはアルフォンスが上に乗るような体位に変えた。  より深くペニスを食い込む形になり、苦しげな表情を浮かべるアルフォンスを下から見上げた途端、恥かしげに白い頬が逸らされる。 「好きなように動いていいんだよ、この腰は君だけのものだからな」 「っ……は、いっ……!」  素直に応じてにっこりと微笑む幼い表情は場にそぐわず罪悪感に苛まれるも、掻き消すように突き上げればすぐに淫らな表情へ変わってゆく。  この七色のように変化する恋人の姿は、私の心を惹きつけてやまない。  腰が好きだと喘ぎながら自ら尻を振る恋人に、情けなくも大の大人が煽られ一気に余裕を削がれた。  うら若き恋人に暴かれた野獣の咆哮が、君には聞こえているかい?  満足するまで食らってやると叫ぶ我が獣の飢えが満たされるまで、今宵は声枯れるまで鳴いて貰おうか。  真っ赤に熟れた恥肉だけでなく、愛する君の濡れた絶叫すら、私達のご馳走なんでね。                                                                    「ああ、うら若き恋人よ」H20.10.2

 

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