「ロイさん、疲れてます?」 「久々に君を抱いたからな……」 張り切り過ぎたんだよ、と熱の残る黒い瞳で僕を見つめるロイさんの目がとろんと瞬きをする。 大きな腕の抱き寄せる動きに身を任せると、裸の身体同士がくっついた。自然と硬い胸板に頬が押し付けられる形になり、 ロイさんの熱が、心臓の鼓動が一層近くになる。 「まだ、熱いな」 「ロイさんこそ」 どちらの身体が熱いのか? というのは結構難しい問題だ。どちらも同じくらい熱いんだから。 さっきのことを思い出すと体温が二、三度は上がってしまいそうになるけど、同時に幸せが胸を締める。 恋人との久しぶりの逢瀬、匂い、体温。過去何度も交わった記憶よりも生々しく僕を翻弄し幸せに落とす。 ロイさんの艶めく表情は僕のモノだと、この時に強い独占欲を感じて愛しく想う。生産性はなくとも、僕はこの「行為」が好きだった。 愛する人を身体の隅々まで知る事が出来る、とても素晴らしいことだと思う。 頭を撫でられて見上げると、今まさに眠たそうに瞼が閉じられる瞬間だった。 ロイさん、本当に疲れてるんだなぁ。そりゃ連日仕事づくし後の行為、だもんね。 普段ならコトが終わって即寝るというパターンの僕。ロイさんが先に寝るなんて滅多にないから、今日は珍しい日だ。 僕の目も負けず劣らずとろんとしているけど、今晩はまだ眠れそうにない。 ベッドのすぐ側にある、少し開いた窓から入り込む宵の風が火照った身体を優しく包む。目を瞑ったまま横になるロイさんの前髪が、僅かに揺れていた。 僕よりはるか大人のロイさんが、ちょっとだけ僕に近い気がする。無防備な顔が、少し可愛い。 彼の肌を白く照らす光を辿り、見上げた先には見事な満月。豊満な輝きが秀麗な丸いラインをぼやけさせている。 「今晩はいい月夜ですよ」 「そうか……」 漏れて出た言葉に返事を期待したわけじゃないけど、けだるい声が応えてくれた。 起きたのかな? そう思って、視線を月からロイさんへ戻してみると、相変わらず目を瞑ったままだ。 常のロイさんからは想像できない姿についつい笑ってしまった僕を、むき出しの肩に拳をぶつけてきた。柔い感触のパンチに、今度はバレないよう小さく笑った。 「……何色を、しているんだ……?」 吐息のような問いに、僕はもう一度窓を見上げた。窓から望む月は、変わらず丸い形をしている。 明かりを一切灯していなくとも、苦もなく部屋が見渡せる光量。普段から殺風景な様相をしている部屋が、月光に より強調されているように思えて、少し寂しげに見える。 「……ロイさんは何色をしていると思います?」 よく言えば無駄のない、悪く言えば温かみのない部屋にロイさんを見た気がして、何故か問いたくなった。 「……蜜色、か?」 しばらくの静寂のあと、けだる気な低い声が一言、部屋に響いた。 「蜜色……ですか?」 「ああ……」 てっきり黄色とか、白とか、赤とか……一般的な色彩を口にしするもんだと思ってたから、内心酷く驚いてロイさんの顔を凝視してしまった。 どちらかというとリアリストなひとだし、普段のロイさんを見ていたら蜜色なんて言葉がとても似合わない。 ロイさんの意外な一言に新たな魅力を知った胸が甘く痺れて、頬が自然と緩んでいくのがわかる。 蜜色、って。 「なんだか幸せそうな色ですね……」 「……実際、幸せだからな……」 ある意味、ストレートに「好き」といわれるよりも心にぐっとキタかもしれない。 まっすぐに、偽りなく僕に届くロイさんの感情の甘さと深さに、白光に見える月が途端蜜色を帯びてみえた。 僕の世界は彼を中心に回っている。それは狭いように見えて、奥深く暖かい世界だ。 幸せだからなという言葉を最後に、ロイさんから規則正しい呼吸音が聞こえ始める。 前髪を指で梳き、現れた額に口付けた。感謝と愛をたくさん込めて。 風に揺れる黒髪の波を見ていたかったけど、僕は心の感銘より大好きな人の体調を取った。 起こさないようにシーツの海からゆっくりと起き上がり、窓を閉める。小さな音を立てながら遮光カーテンを引けば部屋が黒一色になった。 「……」 少しだけ、眠りの妨げにならない程度にカーテンを開く。細い隙間から覗く月は、さっきまでと変わらぬ姿で輝いている。 白いけど、蜜色に輝く月。 「いい色だよね……」 きっと今交わした会話、明日になったらロイさん忘れてるだろうから、僕がしっかり覚えておかなくちゃ。 忘れないと、瞳に閉じ込めるように瞼閉じる最後の瞬間まで、蜜色の月を望み続けた。 「蜜色の月」H19.10.22