パピーシッター





「君は私にとって癒しだよ、アルフォンス」  彼の他意のない癒しという言葉に、今日も僕は傷付いている。  僕は可愛がられるだけのペットではない。彼の部下であり、彼に恋する一人の人間だ。  頭を撫でる掌は温かくて優しい。こうして頭を撫でる時はいつだって手袋はなく、直に触れてくれる。  どの指が地肌に触れたのか、軽く髪を摘んでは甘く引っ張ったのか。撫でる順番や特にお気に入りらしい場所だって知っている。  呼吸と同じナチュラルな行為に、都合のいい意味を見出し浮かれていた自分は、とうにいないけれど。  僕が自由気ままな猫だったら、居心地のよいそこは僕の居場所だったのに。 「あの生意気な鋼のと兄弟だなんて、たちの悪い冗談に思えるよ」  嬉しそうに笑って更に髪をかき乱す大佐にいい加減腹が立つ。  そんな彼に笑って擦り寄る僕自身に、もっと腹が立つ。  何故僕は猫じゃないんだろう。猫だったらこんなに悩むこともなく、素直に懐へ入ってしまうことも出来るのに。  意外と動物が好きな彼のこと、あっけなく僕のトリコだったに違いない。 「どうした、アルフォンス?」 「何でも、ありません」  いくら見つめても変わらない雰囲気――このまま黒い瞳を見つめ続けたって、きっと二人の関係は揺るがない。  長らく彼の側に仕える僕だからこそ判る無慈悲な現実が、胸に重くのしかかる。  僕は生まれてくるいきものを間違えたのかもしれない。人間だから、多くを求めてしまうのだ。  彼の笑顔を見る為に、今日も心を裏切りまるでペットに成り果てる。  身体全てを使ってあなた好みに振舞えば、いつか好きになってくれるだろうか。 「……大佐は、ペットが欲しいと思ったことはないんですか?」 「まあ、動物は可愛いとは思うが……こういう仕事柄だ。こまめに世話してやれないし、飼うのは難しいだろうな」  待っていてくれる存在を望んだことは多々あるが、そうくしゃりと笑って指先が髪を弄ぶ。ああ、これは僕がデンを撫でる指先に似ている。  こんなことを望んではいないのに、向けられる笑顔が嬉しくて同じ顔を返してしまう。  なりきろうと振る舞い、なりたくないと切に思う。――そこにあるのは身勝手な片思い。                                                                     「パピーシッター」H23.10.10

 

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