甘い檻





「あなたから誘われるとは思いませんでした。……私が欲しいのなら、そこで足を広げることも出来ますよね?」  そこで、と指定された場所は先程まで仕事の話をしていたソファだった。あれからまだ十分も経っていない。  ただ男の執務室で仕事の話をして帰るだけだったのに、何故いま私は下着姿で男の前に立っているのか。  答えは至極簡単でシンプル。私が男、ロイ・マスタングに欲情したからだ。  何の色気もない仕事の話で欲情するなど未だかつてなかった事ではあるが、大分前からその予兆は感じていた。  マスタングと世間で言う恋人同士になってしばらく経った頃から、理性と本能の狭間で揺れる己がいたのだ。  床に脱ぎ散らかした軍服が本能へと傾向した私の何よりもの証。  極上とも言うべき甘美な愛欲に抗えなくなる日は今日だった、それだけのことで後悔は一切ない。むしろ堪えていたものを  漸く発露することが出来た悦びから、身体は既に男を受け入れる準備が出来ていた。  常を越えた鼓動。期待で震える肢体。ぐじゅぐじゅと疼く蜜の溜まり場からまた一滴、欲液が溢れ下着を汚したのが判った。  マスタングは急な展開に驚いたものの、ただの女と化した私を舐めるように見ていた。  今は黒の下着に覆われた胸元を見ている。薄い生地の中にある痛いほどに尖った先を見透かしているかのように、形良い唇が持ち上がった。  同じ熱情を共有している事がありありと判る黒い瞳に見送られながらソファに腰掛けた。重みで鳴き声を上げるソファが興奮に拍車をかける。  落ち着く間もなくすぐ目の前にまで迫ってきたマスタングがしゃがみ込み、上目で足を開くように急かしてきた。  背もたれに深く身を沈めながら震えてしまう足をゆっくりと広げ、興奮の在り処を晒す。 「……もうぐっしょりと濡れてますね。そこまで私を欲してくれるとは……舐め甲斐がありそうだ……」  汚れた下着に鼻先を付けるほど、間近に迫るマスタングの吐息が見えない手となり、大腿をふわりと撫でる。  じれったいその刺激に思わず上げそうになる悲鳴を噛み殺し、艶やかな黒髪へと指先を絡めながら更なる接近を求めた。 「マスタング……」 「おや、もう我慢が出来ないのですか?」  面白そうに唇を歪めて笑う男の悪戯な人差し指が、つつ……と下着の中心にあるくぼみを押し上げた。  ゾクリと背を駆け上がる快楽に喉元を反らして浸る。 「ッは……ぁっ! 話す、ひまが……あるなら……ッ」 「勿論です。ソファに染みができる前に、あなたのいやらしいソコを綺麗にして差し上げましょうか……」 「ッ、ああぁ……ッ!!」  不意に下着へ口付けたかと思うと、柔く熱い舌先が布地のうえを這いまわる。器用にくねる舌が敏感な芯芽を撫で上げ、  時に蜜の零れる中心を責めてゆく。微かに響く水音が淫らな空気を色濃くさせ、眩暈を催す強く確かな快感に総身が震えてやまない。  絶え間なく内から溢れる蜜と舌を行き来させるマスタングの唾液が、下着をしとどに濡らしてゆく。 「はぁ……ンッ、うぁ……ッ、イ……ぃッ!」  キモチイイ、そんなはしたない言葉をも誘引する刺激の応酬。  普段の私ならば即座に拒否をしているだろう恥かしくみっともない行為も、軍服を脱いだ時に羞恥心も一緒に捨て置いた為、  遠慮なく男の舌を堪能し喘ぐことが出来る。だが、足りない。これ以上の快楽を知っている身体にはまだ足りない。  もうここまで来ると止まらなかった。未だ下着越しでしか責めて来ないマスタングの髪を軽く引っ張り更なる快感を強請る。 「いい、かげん……あ、ぅ……んッ、じかに……舐めッ……んあ……ッ!」  きゅうっと芯芽に吸い付いたのを最後に顔を上げたマスタングの唇は、自身の唾液といやらしい体液にまみれ淫靡な光を放っていた。  猥事に浸っていたことを隠さないその様は扇情的で、舌先で犯された部分が酷く疼いた。 「……欲しがりもここまで来ると淫乱ですね。淫乱なあなたに免じて、今日はすぐにあげますよ」  艶笑を見せるマスタングの瞳で揺らめく欲の焔。  優しさ、卑猥さ、嗜虐を秘めたその瞳の魅力に、これからされるであろう行為への期待が否応なく膨らんでゆく。  ゆったりと焦らすように犯すかと思えば烈火の勢いで突き上げ、時には嗜虐心を見せて好奇な行為を求める男の変則さに翻弄され魅了されてきた。  どんな淫らな行為をするのか予測できないからこそ、巧みな手腕に溺れてしまう。――ふとした時に、男のことだけを考えてしまう程に。  下着を脱がせるかと思いきや、マスタングの指先は濡れた下着を摘み秘部を露にするだけに留めた。  ひやりとした空気に晒されただけでたまらない刺激を催す陰部からはまた愛液が溢れ、卑猥な軌跡を残しながら  尻まで流れゆく様をこの男は見ているのだろう。それだけで強い興奮を感じてしまい、熱い吐息の到来よりも早く唇から喘ぎが零れる。 「見られるだけで息絶え絶えになっていたら、この先どうするんですか?」 「い……からっ、はやく……しろッ……!」 「相変わらず可愛くない言葉を……そんな態度はねじふせたくなると、前に言ったのを忘れたのですか? ……次回は、覚えておいてください」  すっと細められた双眸の鋭さに射抜かれる。  反射的に震える身体は恐怖ではなく紛れもない興奮。男の裡に潜む嗜虐心を煽った己の行動を内省するなんて勿体無い事はしない。  少々変わった性癖を持つこの男にワザと噛み付いて隠れた嗜虐心を引き出す事が、何時の間にか密かな悦びになった。 「考えている暇はありませんよ。……私だけを見ろ、オリヴィエ」 「ッッ!? うあああんッ……! はあ……ああッ!」  不意に調子を変えて低く名を呼ばれた瞬間、甘い刺激が下肢へ走った。  股間へ頭を埋めたマスタングの柔い舌先に濡れた媚肉を撫でられ、たまらず背を弓なりに逸らして喘いだ。  まるで意思を持った生き物のように動く舌先は裡から湧き上がるリビドーを巧みに掬い取って、耐え難い快楽を与えてくれる。  艶かしい水音を響かせて愛液を啜りあげてゆくマスタングに、押し付けるように腰を差し出せば芯芽に硬い歯が当たり、  一気に全身を駆け巡る甘い電流に声を上げて、思わず髪を掴んでしまう。 「そんなに悦んでくれるとは、光栄ですね」  しらじらしい笑みを貼り付けて低く囁いたマスタングの瞳に、加虐的な光が走った。雄の本能を垣間見せる淫靡な瞬間を目にして、  ゾクリと背筋が歓喜で震える。目が逸らせない美しき本能。見つめられるだけでたっぷりと愛液で潤む蜜口が、  狭い肉道の奥に潜む子宮が疼いてたまらない。淫らな女へと堕落させるその瞳を前に、女性としての性を感謝する。  男の目を愛撫を強請ろうと裡から噴き上げるいやらしいエロスが、心と身体を敏感に変えてゆく。 「はッ……うあぁ……んッ、マスタング……ッ、もっとだ……!」 「……あなたって人は……」  視線を重ねたまま再び股間へ顔を埋めたマスタングは、芯を持ち始めた芯芽に唾液を擦り付けるように舐めてはコリコリと甘噛みしてきた。  膨れたソレに絡む舌に翻弄され、痛みを覚えるほどの甘い衝撃を受けた。  痛みと快楽、その狭間で揺れる心地よさに頭が真っ白になり、収縮する卑裂を感じながら声なき声でオーガズムを迎えた。 「おや、もうイってしまったか。それほどまでに私の舌は良かったか?」 「ッ、……ぅ……見れば、わかる……だろう……」  霞がかる思考と視界。強張りがほどけ、絶頂の余韻を味わいながらゆっくりと弛緩してゆく身体をソファに預けていると、  何時の間にか目の前まで顔を寄せていたマスタングが、ヌラヌラと煌く唇を持ち上げて囁いた。潤む視界でも間近に寄せられた顔は  はっきりとした輪郭を持ち、難なく男の頬へと指先を這わせることが出来る。滑らかな感触を指の腹で確かめ、  唇についている愛液を拭って睨みつけるも、効力がないのか端正な顔は笑みを浮かべるにとどめた。  指先についた己のぬめりでマスタングの白い首筋を汚し、擦り寄ってはソレを舐め取ってゆく。  僅かに身動きした男に構わずざらついた肌の感触の上を行き来しながら、口いっぱいに広がる己のモノとは思えない濃厚な雌の匂いを味わう。 「……今日のあなたはいつも以上に淫乱だ。ココからいやらしい汁が溢れて止まらない……まだ、足りないんでしょう?」 「おい……ッ! ふぅ……んッ、あああ……ッ!」  突如片腕でキツく抱き締められたかと思えば、空いている指先でぐちゅりと卑猥な音を立て濡れ場を探られた。  マスタングの言葉どおり、まだ足りなかった。  指などでは得られない、もう数え切れない程に刻み込まれた灼熱の肉の感触を心と身体は知っている。 「あなたが欲するならば、すぐにでも犯しやろう。……欲しいですか、オリヴィエ?」  ここが男の執務室であることも、扉一枚隔てた向こうが人の行き交う廊下であることも、どうでも良い所まで来ていた。  未だ冷めぬ蜜ぬるむ場所が、男が欲しいと訴えるように蠕動する。名を呼ぶ淫らな声音に、裡から瓦解するのを止められなかった。 「ッ、は……欲し、い……ッ! もう、なかにっ……ここに、お前が……欲しいッ……!」  悲鳴じみた欲望の吐露のときを、黒瞳が歓迎するように細められる。 「私の、とはどれのことです?」 「ッ! ……ソレだ……っ」  ここに来て更に辱めようとする男に反発することなく、さっきから腹に当たっていた、既に大きく勃起しているマスタングの股間を指先で撫でた。  衣服越しでも形がありありと判るそれを何度も何度も撫でてやれば、まだ大きくなろうとするかのようにふるふると震える。  力の入らぬ指で下腹部を寛げ露にしたマスタングのモノは逞しく天を仰ぎ、十分な硬さと太さを誇っていた。  凶暴な赤黒い幹の誘惑に欲求が深まる。もう何度も咥えこんだそれを見て喉を鳴らしながら、熱く潤んでやまない瞳で男を見つめる。  揺れる腰で無言で誘いかけていると、苦笑したマスタングが頬に口付けてきた。「完敗です」あまやかな囁きが肌の温度を上げる。 「立派なセックス好きになったものだ……欲しがるあなたも美しい。ほら、大好きなペニス……欲しいですか?」 「ッ、は、やく……ッ、欲しい……ッ!」  間近で瞳を覗き込みながら、たっぷりと潤っている蜜口に硬い先端を押し付け、何度も突き上げるような所作をする。  時折、窮屈な入口を押し上げては引く絶妙な焦らし具合に、潤んだ最奥が男が欲しいと痛む。激痛めいた欲動に押され、首を振って熱烈に求めた。 「そんなに欲しいなら、一気にやろう。まだ逝くなよ、オリヴィエ……ッ!」 「ッ、んんああッ!」  一気に貫いてきた巨大な熱源の衝撃に、ここが執務室だということを忘れ高らかに啼いてしまう。  狭く潤んだ膣壁を限界まで引き裂いて奥まで達するペニスの、強烈な刺激を堪えながら身体を寄せてくるマスタングの肩口に爪を立てる。  より深まる結合の苦しさに呼吸が止まりそうになる。 「ッ……相変わらずキツイな……ぐいぐい締め付けてくるぞ、そんなに欲しかったか?」 「ひあ……ッ! いう、なあ……ッ……ァンッ、マスタング……ッ」  無意識に締め付けてしまう膣壁から、熱い肉の感触がありありと伝わってくる。ビクビクと震える雄の感触を楽しんでいたのも僅かな時間、  一向に動こうとしない男に焦れて思わず名前を呼んだ。「マスタング……」甘く掠れた声は男から憎たらしい笑みを引き出しただけで、欲しいものは与えられなかった。  男のシャツを震える指先でボタンを外し、白い胸元を露にする。  軍人らしく鍛え上げられた胸元にぴったりと身体を寄せて熱を堪能する。触れた箇所から溶ける互いの熱が、新たな熱となって身体を満たしてゆく。 「イヤラシい女になったな……こんなに乳首も尖らせたら、痛いだろう? 慰めてやろうな……」  耳元でそう囁いて、耳を齧ったと同時に、両乳首を指先でつままれる。  慣れた手付きで乳首を犯す指先の動きは更に追い詰めるもので、もう我慢できずに自ら腰を振って刺激をねだった。  蜜壷の中で一緒に蠢く肉棒に甘えるようしっかりと締め上げれば、秀麗な眉が顰められる。 「ッ……! ただでさえキツイのに、あなたは……本当に、」 「もうッ、だめ……だっ! はやくしろ……ッ」 「本当に、今日の貴女は……!」  ぶつけるように重なってきた唇に強く貪られ一瞬意識が飛びそうになるも、大きく腰を振ってきたマスタングに自らも腰を揺らして応える。  初っ端から激しく穿つ男の逞しい背へ腕を回して強くしがみ付きながら、肉打つ音と掻き混ぜられる愛液の淫らな音の饗宴に  耳までをも犯されてゆく。堪えきれない快楽の奔流が互いの身体を行き来しては大きく膨らんでいく様は、繋がっているという感覚を生々しく知らしめる。 「ああぁッ……! も、っと……奥ッ……!」  あられもない声で強請る女が己であることが信じられない。ここに大きな鏡がないことに、密かに安堵する。  目の前の男の城である執務室で、己の立場を忘れて欲望にまみれる将校など、誰が見たいものか。  繋がりながら鏡を見せようとする男の悪趣味さがここでは発揮されない程には、仕事に対して真摯に取り組む男であって良かったと思う。 「今日の貴女は焦らす余裕すら与えてくれないな……淫らでたまらない」  深く、浅く。そして、深く深く深く。  焦らすように、時に喰らう勢いで緩急をつけ攻め立てるマスタングはどこまでも巧みだった。  一番感じるポイントを強く突き上げながら、身体が急激に持ち上げられる。  もう少しこの快楽を男の熱を味わっていたいのに、己でも驚くほど、絶頂はすぐそこにあった。 「だ、めッ……来るっ……いくッ!」 「私の前でいやらしくイってみせろ、オリヴィエ……!」  強く口腔を貪られながら深く女の部分を抉られ、思考が真っ白に塗りつぶされた。  高らかに響く筈だった、男が好きだと常々囁く嬌声は残らず男のなかへ飲みこまれてゆく。  意識を遠くに飛ばしかけた己を引き止める、強い口付け。濃厚な甘さに蕩けそうになる。ねっとりと絡んでくる  分厚い舌先を逃さぬよう吸い付き、はしたない音を立ててむしゃぶりつくのは無意識だった。  口付けに夢中になっていた最中、中から太い幹が引き抜かれ、腹に勢いよく白濁がぶつけられた。ゴムをしていなかったゆえに  危い避妊となってしまったが、吐き出されたばかりの熱い精液に肌を焼かれる感触は悪くない。男の逞しい形を残したままの膣から  とろとろと溢れる愛涎が、腹の筋肉を伝って零れてきた白濁と交じり合うエロチシズムに、奥底で快感に震える子宮が意図を持って疼いた。 「……漸く、あなたが私のものであることを実感できる」  眩しげな眼差しで精液にまみれた腹を見つめる男の頬へ手を伸ばし、そっと撫でる。  もう既に戻れぬところまで来ているというのに、この男はたまに可笑しなことを口にする。まるで男の一方通行じみた関係だと、  己の感情を無視しているような言葉が気に入らない。どれだけの醜態をお前に晒せば気が済むんだと、男にしては滑らかな感触の肌を軽くつまんでやる。 「散々好き勝手にしておきながら、今更だろう……お前の目は節穴か、マスタング?」 「ブリッグズの女王様が私を選んで下さったことが、奇跡のように思えてやまないんですよ」  テーブルにあったティッシュをソファへ引き寄せ、丁寧に後始末をしてくれる男のされるがままになりながら、  己も数枚ソレを引き出した上で同じように男の性器を清めてゆく。 「ならば早く上がって来い、若造が」 「勿論。いずれ、あなたが私に向かって頭を垂れる日が来るよう、精進致します」  迷いなくはっきりと口にした男の、確かな将来を見据える黒の瞳。  言葉は気に食わないがライバルとして不足の無い強い信条を垣間見せる様は、悪くない。  だらしなく着崩したままの衣服そのままに、ソファを鳴らし隣に腰掛けてきたマスタングに肩を抱かれ、身を任せる。  肺一杯に慣れた男の匂いを満たしながら、ゆっくりと遠ざかってゆく衝動の代わりに安堵が到来するのを感じる。  ここがどこよりも裸でいられる場所になったのは、いつからだろうか。 「……今晩はどうなさいますか?」  肩を撫でる手付きのいやらしさに、熱が燻る。  顔を上げると想像以上の近い位置に、欲情を覗かせる黒の瞳があった。 「お前はどうしたい?」 「少将さえよろしければ、お食事でも如何です? 勿論、その後は泊まってもらいますが。……まだ、足りないでしょう?」  顎を掬われ、軽く口付けられる。  落ち着いたと思っていた身体は些細な愛撫で熱を上げ、思わず吐息を漏らすと、目の前の男が微笑った。 「……なんて、私が足りないんですが」 「素直にそう言え、マスタング」 「素直じゃないのはどちらですか?」  苦笑しながら自分の軍服を手にしたマスタングは、着る事無くそれで私の身体を覆った。 「いつまでも裸でいられたら、また抱きたくなります」頬に口付けてから、男は自らの執務机へと戻っていった。  広い机を占領する書類の束はあと僅か。若くして異例の出世を遂げた男ならばすぐにでも終える量だろう。  端正な横顔をしばらく眺めて、ソファへと横たわった。良い椅子だと、下らないことを考える。  指先まで染み渡る男の感触。これ程までに甘く、気持ちのよいものだったか。  痺れの残る身体をゆっくりと弛緩させる。己のよりも大きな軍服は持ち主の代わりに私を抱き締めているかのようだった。 「……まだ、足りないぞ……ロイ」  微かに男の匂いが残る軍服の影で呟く。……今日はまだ愛しているという言葉を聞いていない。  男からの一言がなかっただけで苦しく、満たされないなどと決して言えない己は、男の言うとおり素直な女ではないのだろう。  たかが言葉ひとつに拘るなんて何と情けなく貪欲なことか。  だが、そんな己も悪くないと思えるのは――不意に重なった黒の眼差しが偽りのない愛をくれるからだろうか。  赦される喜びで満ちる身体を抱いて目を閉じる。  物足りないのと自覚しているくらいこの感情は深く、いくら考えても空隙を埋める術を知らない。 注がれる甘い眼差しと次に出会うのは、もう間もなく。  再び腕に抱かれるときは、少しばかり素直でいてやるのも、悪くない。                                                          「甘い檻」H23.8.3

 

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