温度差に気が付いたのは、愛するが故の必然だった。 優しくて「兄」想いなお前が愛しくて、憎い。 「動くな」 「兄、さん……!」 「動くな、って言っただろ? アルフォンス」 ベッドサイドのテーブルに置かれたランプが、震えた影を床に作り出している。 我ながら、弟に命令する声は冷たいと思った。可哀相にアルは、言葉通りに動かなくなった。 だが、止められない。曝け出された太腿を掴んだとき、大きな瞳に一瞬滲んだ悦びを見つけてしまったから。 既に獰猛な獣と化している俺を更に煽る、その眼差しを前にすればもう止まらない。 健康的な膝頭に口付けて、唇はそのまま太腿へと移動していく。両手でアルフォンスの細腰をしっかりと固定するのも忘れない。 「ん……っ、ね、兄さん……やめよう?」 内股を唇でなぞられ、引き離そうと頭を押す両手の力は、子供でも侵入を許してしまうだろう微弱なものだった。 それが尚更イライラを募らせ、同時に内なる凶暴な欲情が鎌首を擡げることになる。 唾液を塗りつけるように舌で柔い肌をなぞりながら、ゆっくりと上へ上へ。ズボンと下着は、とうに奪ってある。 白いシャツが阻むその奥は無防備だ……乾く唇を湿らそうとも、舌は、なめらかな太腿から離れない。 「も、ダメ……!」 「駄目じゃないだろ。お前、自分が感じてること判らないのか? それとも、俺にそういう自分を暴いて欲しい? ……そうすりゃ、被害者ぶって何もかも俺のせいに出来るもんな」 「そ、んな……僕は、ちゃんと兄さんが好きだよ? だからこそ、待って……」 「駄目だ。……お前、俺が好きなんだろ?」 「好き……だけど、待って。僕はまだ……」 「ふうん。で、膨らませているのは、お前が感じているからだよな?」 反応を見せる場所にふっと軽く息を吹きかければ、びくりと小さな身体を震わせた。俺を見下ろす眼差しに、熱が見え隠れしている。 アルフォンスだって自覚しているのだろう、朱に染まった頬から多大な羞恥心は見て取れる。 震える華奢な肢体、ぎしとベッドを揺らす音すらいとおしい。 アルフォンスはけして視線を逸らそうとはしなかった。どんなに羞恥で頬を染めても、確かな情欲を秘めた瞳で俺だけを映し続けている。 毎日幾人もの人間を映す瞳は、今は自分だけのもの。これから先、大きな瞳が潤む様子を見届けるのは俺ひとりで十分だ。 「……欲情してるくせに……何で嘘つくんだよ」 彼の反応している部分を隠すシャツを捲り上げる。現れたそれは、けして普通とは呼べない状態を示し、アルフォンス自身へと見せ付けるように勃ち上がっていた。 「……っっ! いや……」 明らかな身体の変化から顔を逸らしたアルフォンスの大きな瞳から、ぽたと零れた雫が俺の額を濡らした。 様々な感情が詰まっているだろう雫の感触を楽しみながら、耳元へ唇を近づける。 「お前を、愛しているんだ……アルフォンス」 一人の人間として弟を愛してしまった禁忌をずっと悩み限界に達した自分は、向けられるであろう嫌悪を覚悟して潜めていた恋情を吐露した。 最悪の想定をしていた自分に与えられたのは「僕も、愛してる」という言葉――思いがけない、幸運だった。 だが、恋人としてのアルフォンスを手に入れた喜びに浸れたのも束の間。兄弟よりも近い位置で彼を見て、気が付いてしまったのだ。 アルフォンスが自分を好きだという気持ちは、兄弟の情からくる、自分を思っての同情かもしれない、と。 抱き締めれば抱き返してくれる、口付ければはにかんだ笑みを浮かべて好きと囁く、これらの行為は兄想いで優しい弟だったら出来る行為…… そのどれもに、熱は感じなかった。自分の身体はこんなにも熱く、腕は力強く細い身体を抱き締めて、雄の部分に熱を持ってしまうのに。 抱き締められたら気が付くだろう情欲の反応を、アルフォンスは気が付かないフリを、した。大好きな笑顔で口付けながら、好きと囁く唇がとても憎かった。 「これが俺とお前の気持ちの違いだ。……お前は受け入れられるのか?」 見上げたアルフォンスに、縋るようにぶつけた問いは自分自身の激情に対する最後の砦。 問われて大きな瞳に走った衝撃を見逃すことはしなかった。自分の考えが確信へと変わった瞬間だった。 この場でそれを糾弾するつもりはない、どっちみち動き出した感情は誰にも止められないのだ。 アルフォンスを抱く――兄弟の壁を、ぶち破ってやる。 「……愛、してるよ。僕は、兄さんを愛してる」 「じゃあ、証明してくれ」 静かに抱き締められる。ぎゅっと、小さな身体を押し付けるアルフォンスのぬくもりは常よりも、熱い。 いっぱいいっぱいだろう気持ちを、震える指先が表していた。兄として、無理はするなと優しく抱き締めてしまおうかと一瞬考えたが。 目の前にいるのは恋人としての「アルフォンス」だ、彼はそれを望んだから逃げなかった。 震えながらも差し伸べた手を、兄弟としての抱擁ではなく情愛のこもった口付けをもって受け止める。 差し入れた舌はなんの抵抗も受けず、迎え入れられることもなく……身体の熱に反して、冷ややかな口付けだった。 「……お前は、俺のものだ」 キスの合間に囁く。アルフォンスの視線と舌先が震えた。 怯えに気が付いた心に侵食する、闇よりも深い黒々とした醜い独占欲。 「僕は、兄さんのものだから……」 その言葉を最後に、アルフォンスの口からはまともな言葉が紡がれることはなかった。彼に許したのは淫猥な喘ぎのみ。 深く、激しく貫きながら心地よく響く声に耳を傾けつつ、脳裏には弟としての「アルフォンス」の笑顔が浮かんでは消えていった―― 喉元が反らされるたび、自分が望んでいたことだと、言い聞かせていた。 「激情」H.18.10.26