「菓子くれなきゃ悪戯すっぞー!」 ドアを開いた途端、飛び出してきた奇抜な格好の人物に、僕は何も言わずにドアを閉めた。 ゴン! と盛大にぶつかった音と同時に「むぎゃ」という声が聞こえ、無意識に認めようとしなかったけれどあれは兄さんだという事を 認めざるを得なくなり、なんだか生暖かい気持ちになった。いい歳こいて何て格好しているんだと、頭が痛くなり始めた矢先にドアが再び開いた。 「おかえり、アルフォンス! ……アル?」 がばっと両手を広げ出迎えた兄さんは、一切反応を返さない僕を不思議そうに覗き込んできた。 得意げに黒マントを 翻しながら挨拶されたって、正直頭がついていかないからどう返したらいいのか判らない。 ただ、間近にある顔の中心、鼻頭が赤くなっている事に気がついたくらいには余裕があるらしい。 そのまま全身くまなく視線を向ければ、兄さんは黒マントに黒のスーツという黒で統一された格好をしていた。 夜の街でなら違和感なく溶け込むことが出来そうな格好でも、一般的な家屋であるエルリック家では浮いて見える。 けど、まぁ……ありえない格好ではないわけで。一瞬目にしただけで何で「奇抜」って思ったんだろう? 自分で自分の頭に?マークを浮かべた時、下した判断は間違いではなかったことを知る。 タイミングよく笑んだ兄さんの口元――鋭く尖った八重歯がちらりと覗いた。 その格好はもしや……夜な夜な美女の寝室に侵入し血を啜るっていう「吸血鬼」ってヤツ? 何でそんな格好してるんだよ兄さん……身体中から気が抜けると共に、一気に頭痛が押し寄せる。 長年弟をしてきたけど、兄さんにコスプレ願望があるとは微塵も思わなかった。 変態もそのレベルに達していたとは……と呆れながらも、ついドキッとしてしまう僕も同類、なのかもしれない。 身内の欲目というか、惚れた欲目というか――元々整った容姿をしている兄さんの、吸血鬼姿が様になっていてカッコイイと思ってるんだから。 「アル?」 そんな事を考えていたら、自然と兄さんを見つめてしまっていたようで。 名を呼ばれて初めて気がついた僕は、熱くなっていた頬を隠すように慌てて下を向いた。 兄さんに見蕩れてた事、絶対気がついてるよね……顔を上げて確認するのも恥ずかしくて、小さな声で「ただいま」と言ってから、逃げるように室内へ入った。 「おい、ちょっと!」 明らかに不審だろう僕を、簡単にリビングまで通してくれるはずもなく。 背中からぴったりと張り付いてきた兄さんが、僕の足を止めようと体重を掛けてくる。 たたでさえ体格差があるのに、更に体重まで掛けられれば歩き難いったらない。亀にも負けそうなスピードで、どうにか一歩一歩、足を進める。 「アールフォンスさん?」 伸ばして調子に僕の名を呼ぶ時は、機嫌が良い時。 やっぱり、さっき見蕩れてた事に気がついてたんだ……絶対止まるもんか。 「何か言えよ、アルちゃん?」 その呼び方にさすがにムッとした僕は、ちらりと兄さんを振り返った。 「何か」 「おいおい」 すぐに突っ込んできた兄さんに「何か言えよ、と言ったのは兄さんだろ?」と口を尖らせると、目の前の顔が急にニヤッて笑った。 白い八重歯が、室内の灯りでキラリと輝いた気がした。 あ、嫌な予感……と身構えるよりも先に、兄さんは行動に移した。 「戴きます」 言葉を知覚するよりも早く、首筋に激痛が走った。 見れば、兄さんが僕に噛み付いていた。皮膚を食い破る勢いでどんどん食い込むのは白い八重歯だろう。あまりの痛さに、一瞬呼吸が止まる。 「い、た……っ!」 引き釣る喉から無理矢理絞り出した声で痛みを訴えるも、鋭い刃のような歯の進入は止まらない。 あまりの痛みに、兄さんの姿をしているけど実は本物の吸血鬼なのかもしれないと、バカな事を本気で考えてしまいそうになる。 脳天を突く痛みは力の加減を知らず、本当に皮膚を食い破り下に流れる血液を啜りそうで、俄かに恐怖を覚えた。 目の前がくらくらして、身体から力が抜けていく……兄さんへ凭れかかった時、ようやく首筋から激痛が遠のいた。 「悪い、冗談過ぎたな……」 抱き止めるように身体へ腕を伸ばしてきた兄さんの、申し訳なさそうな顔が歪んで見えた。痛みのあまり涙目になっているらしい。 ジンジンと痛みが残る首筋に手を当ててみると、噛み付かれた所が熱を持ち腫れていた。 かろうじて血は出ていなかったけれど、出ていてもおかしくない激痛を起こした兄さんをジロと睨み上げた。 「冗談キツ過ぎ!本気で痛かったんだから」 「ごめんって……でもさ、アル」 不自然に言葉を切った兄さんが、僕と同じように屈んで、耳元に顔を寄せた。 「見蕩れてくるお前が可愛いから、食いたくなったんだ」 「っ、兄さ……んっ!」 低く囁いた声に甘さを感じて背が震えた。その余韻が去る前に、今度は噛み付かれた首筋に生暖かいものが触れてきて、そっと跡をなぞり始める。 自在に肌を辿る、柔らかく濡れたそれは兄さんの舌だ。 「ちょ、兄さん……や、だ……」 舌が腫れた部分を宥めるように触れては吸い付いてくる。くすぐったさに混じる、ちりっとした痛みが覚えのある感覚を呼び覚ましていく。 身体の芯を刺激するその感覚――快感を、一度でも感じてしまったら、僕の身体は意識なくそれを求めてしまう。 ひっきりなしに耳元で鳴る水音が恥ずかしくて、塞いでしまいたかった。 でも、それすらも身体に巡る甘い感覚となって、気持ちとは裏腹に僕の手は耳を塞ごうとはしなかった。 「こんなに跡付くとは思わなかった……悪かったな、アルフォンス」 ごめん、と言った兄さんの優しく触れてくる舌に突っぱねていた僕の手が、縋るように首元へ回されていた。 言葉なく強請る動作に、肩に置かれた兄さんの手が僕の服にシワを作った。 ここが何処だとか、頭になくって。自ら首筋を晒し、誘いかける仕草は無意識だった 「兄、さん……」 「アル?」 もっと、と続けようとした声に重なって、見知った声が届いた。 ここにはいないはずの、故郷にいる幼馴染の声だった。快感に冷めやらぬまま視線を巡らせば……ウインリィが、リビングへと繋がるドアの前に立っていた。 瞬間、僕は頭から冷水を掛けられたように熱から冷めた。じっと見つめる瞳に、今度は羞恥から成る熱が急上昇。一気にパニックに陥ってしまった。 「うわああああっ、うい、ウインリィ!?」 「ぐあっ!」 とりあえず抱き締めていた兄さんを突き飛ばして、慌てて衣服を整えた。いつの間にか肌蹴られていた胸元もしっかり閉じる。 僕達の事を知っているとはいえ、ウインリィの前でなんてことを!! あまりの恥ずかしさで顔を上げられない僕に、ウインリィは靴を鳴らしながら近づいてくる。 「アルの声が聞こえたから来てみれば……邪魔したわね」 赤い顔した僕と、壁に激突して伸びている兄さんを見比べてから、ウインリィは僕の傍に屈んで噛み付かれた跡を見た。 痛ましげに眉を顰めた後、黙ってハンカチで拭ってくれた。 何も言わないウインリィには正直助かった。だって、兄弟で……あんな事してたのを見られた上に、何か言われたら恥ずかし死しちゃいそうだよ。 とりあえず顔を上げた僕は……恥ずかしさも忘れて、ウインリィに視線が釘付けになった。 さっきは気がつかなかったけど、奇抜だと思っていた格好は兄さんで終わらなかったらしい。 比較的常識人だと思っていたウインリィまでも、コスプレだった。 縁の広いトンガリ帽子、膝丈のワンピース、爪先が天を仰ぐブーツと……全て黒で揃えたこちらは、物語に出てくる魔女みたいな衣装だ。 兄さんと同じく、綺麗なウインリィによく似合っているけども。 何でこの日に限って二人共変な格好をしているのか……? 顔にありありと疑問が浮いていたんだろう、ウインリィが笑って教えてくれた。 「今日はハロウィンでしょ? 皆で祝おうと思って来たんだけど、せっかくだし衣装にもこだわってみました」 「あ……ハロウィン」 ずっと仕事が忙しくて忘れていたけど、今日はハロウィンだったっけ……そういえば帰ってくるまでにも、そんな感じの飾りを街で何度か目にした気がする。 ウインリィ、ハロウィンのためにわざわざ忙しい中来てくれたんだ。 「だから早くアルも着替えて、パーティしよーぜ」 激突から復活したらしい兄さんが、額のコブを見せびらかしつつ僕の腕を掴んで引き上げた。 「は? 着替え?」 僕も二人と似たような格好をしろと? 冗談じゃない、と首を振って拒否を示した僕を、二人とも綺麗に無視。 その上、勝手にカボチャパンツがどうとか、魔女っ子がいいとか。僕の意思を聞かずに、どうやら具体的に衣装の事を話し始める始末で。 逃げようか、と色々考えてはみるものの、この二人がタッグを組んで逃れられたことなんて一度もないから、覚悟するしかない。 どうせ嫌な目に合うのなら、一分一秒でも早く済ませるに限る。 「判ったから……お腹すいたし、早く」 溜息混じりに言った僕に、二人はとてもとても嬉しそうな顔をして頷いた。 右手に兄さん、左手はウインリィに手を繋がれて自室へと向う。 結局仮装させられることになってしまったけれど、こうして幼馴染三人でハロウィンを過ごすのは本当に久しぶりだったから、 まぁ衣装くらいいいかな? と思っていたんだけど……自室で待っていた衣装の数々に、すぐに撤回。 来年の今日は、絶対夜勤にしよう……それぞれが持つおぞましい衣装から目を逸らして、小さく呟いた。 散々衣装選びに時間を取られ、結局は兄さんとお揃いの吸血鬼の衣装を着ることになった。 この歳でお揃いっていうのもなぁ、と思わなくもなかったが、これでもお互いに妥協した結果だった。 当初は魔女っ子、女装を強要されそうになったのだ。それに比べたら、お揃いなんて屁でもない。 ようやく衣装に着替えてリビングに入った僕は、テーブルに並べられた料理に目を見開く。 ウインリィが腕によりをかけて作ったと言っただけの事はある、とても立派なご馳走が所狭しとテーブルを埋め尽くしていた。 現金な僕のお腹は、衣装の事で食欲を無くしていたものの、ぐうと空腹を訴え始める。 早々に椅子に座って、並べられた料理を見ながら何から食べようかと考えた。 「よっぽどお腹すいてたのね、すぐに準備するから待ってて」 僕の様子に苦笑して、ウインリィが手早く準備に取り掛かる間に、頬を腫らした兄さんが僕の隣に腰掛けてきた。 恐々と席につく兄さんに、内心笑いながらも顔は仏頂面を作る。 「アルフォンスさん、兄ちゃんが悪かった。ただの気の迷いで、別に魔女の格好したアルとエッチしようと思っていたわけじゃないんだ念の為」 「エッ……!?」 なんて事考えてるんだ、バカ兄ー! こっそりと耳打ちしてくる兄さんに、一気に頬が熱くなる。 女装だけじゃなく、エッチまでしようなんて考えてたのか……。 遠慮なく思いっきり、机の下に隠れた足を踏みつけた。 「いってぇー!!」 「エド煩い」 兄さんの叫びとほぼ同時に投げつけられたフォーク。正確無比な軌道を描くフォークは見事に兄さんの後頭部へヒットして、地面に倒れた込んだ。 驚いて目を見開く僕に、投げた張本人のウインリィはにっこりと微笑みかけてくる。 「さ、食べましょ」 床に伏す兄さんに目もくれず、グラスへワインを注ぐ幼馴染に寒いモノが背中を走る。 昔からウインリィには、僕達兄弟は頭が上がらない。色々と身を持ってそれを知っているから、こういう時は黙って席に着いているのが一番の得策だ。 ウインリィが席に着き、兄さんが後頭部にたんこぶを引っ付けながら幼馴染三人、顔を揃えた所でそれぞれにグラスを掲げて。 「ハロウィンを祝って、乾杯!」 ウインリィの音頭で、グラスがぶつかる繊細な音が響いた。 グラスに映る僕達三人の笑顔が、ワインレッド色に染まっていた。 「そういえば、何で急にハロウィンを祝うって事になったの?」 ウインリィの自信作だと言う、香草のきいたチキンに舌鼓を打ちながら聞いた。 ハロウィンなんて、主に子供の行事だし今更祝うことじゃないと思うんだけど。 ワイングラスを傾けていたウインリィが、最後の一口を流し込んでからこちらへ視線を向けた。 「ん? ああ、だってアルが戻って初めてのハロウィンでしょ? だから、盛大にぱーって祝いたかったの」 そう言って笑ったウインリィの頬は、うっすらと赤く染まっていた。 乾杯してから短時間の間に、ボトルを一人で一本空けていたからかな? でも、結構いける口のウインリィが、コレくらいでは酔えない事を知っているから多分、そうじゃない。 ウインリィの言葉に、僕の心がふんわりと温かくなる。 「ありがとう……嬉しい」 「俺達にとってアルフォンスは大切なんだ。当然、だろ」 頭をぽんぽんと撫でて、微笑む兄さんに感極まって、つい涙ぐんでしまった。 大好きな人達からこんなにも想われているなんて嬉しくて幸せで、胸が詰まる。 「泣くより笑った方が、俺達としては嬉しいぞ?」 笑いながら、兄さんの指が目尻に溜まっていた涙を攫ってくれた。 「うん、笑顔の方が幸せの象徴っていうか。見てるこっちも幸せになれるしね」って言ったウインリィが、テーブル越しに僕の髪をくしゃっと撫でてくる。 たいして歳も変わらないのに、なんだか僕だけ小さな子供に戻ったみたいでくすぐったい。 それぞれに甘やかすこの状況は恥ずかしかったけど、それ以上に幸せだったから、つい僕からも擦り寄ってしまった。 今だけ子供に戻ってもいいよね、なんて言い訳しながら。 大好きな二人に幸せを伝えられるなら、幸せにする事が出来るなら何度でも笑うよ。 「ありがとう」 僕に出来る限りの笑みを浮かべたら、二人も嬉しそうに笑ってくれた。 「ほら、育ち盛りなんだから、たんと食べなさい!」 昔から一緒にいるからこそ、こんな雰囲気はどこか照れくさい。先に根をあげたウインリィがそう言って、照れ隠しからか、 僕のお皿にどかっとローストビーフのサラダと、チキンとポテトを山盛りにした。……照れ隠しだからって、正直キツイ。 味は保障されてるし、その気持ちは嬉しいから断れない僕は、引きつり笑顔で手を付けるしかなかった。 「せっかくのハロウィンなんだし、甘いものもたらふく食えよ!」 ウインリィに負けず、雰囲気を二抜けした兄さんは、お菓子の載った皿を目の前に差し出してきた。 ふわふわクリームのフルーツケーキに、バタークッキー、キャンディにチョコレート……こちらもこぼれそうなくらいの山盛りだった。 口にする前から、なんだか口内が甘ったるくなってきそうだ。 なんというか、二人の気持ちは嬉しいんだけど、時々過剰に走り過ぎるんじゃないかと思う。 どれも美味しいのは判るけど、こうも山盛りだと犯罪だ。 それよりも、二人の幸せそうな笑顔の方が犯罪かもしれない……。 「ほら、菓子食わねえと悪戯されっぞー」 いやらしく目をにんまりと細めて手をワキワキさせる兄さんに、再びフォークの鉄裁。 「あんたが言うと、冗談に聞こえないから」 二本目のワインのコルクを開けながら、ウインリィは静かに呟いた。 再び床に沈むことになった兄さんを横目で見ながら僕は覚悟を決めた。山盛りの皿に埋もれるポテトを、フォークで 突き刺す。 「頂きます」 戻って初めてハロウィン、色んな意味で忘れられない記念になると思う。 ありがとう、二人とも――感謝の気持ちを噛み締めながら、僕はフォークを口へ運んだ。 「おい、起きてるか?」 「うん、起きてるよ」 隣のベッドから掛けられた声に返事をして、壁を向いていた身体を兄さん側へと向けた。 静かだったからもう眠っているとばかり思っていたけど、ベッドに入った時から一睡もしてないらしい。 こちらに向いている顔に、眠気など一切見られなかった。実は僕も、ベッドに入ってからまだ寝てないんだけどね。 すごく楽しい夜だったから、このままハロウィンという日を終わらせるのは勿体無く思えて、寝付けずにいたんだ。 「ウインリィ、泊まれなくて残念だったね」 ウインリィは仕事があるからと、早々に帰っていった。 ここからリゼンブールまで近くないのに、ハロウインの為に来てくれたウインリィには、本当に感謝だ。 「そうだな、仕事だから仕方がないさ」 なんだかあっさりした返事だなぁと思いつつも、そうだねと返した。 ライトを消した室内でも、闇に慣れた僕の目は兄さんの表情をしっかりと見る事が出来る。 「昔、三人でやったハロウィン、覚えてるか?」 その時の事を思い出しているのか、兄さんの口元に柔らかな笑みが浮かんでいた。 兄さんの言葉をきっかけに、幼少時の記憶が脳裏に蘇ってくる。 母さんが用意してくれた衣装を着て、三人一緒に近所の家々を巡りお菓子でカゴいっぱいにしたハロウィンの思い出。 確か僕達は吸血鬼で、ウインリィは魔女の格好だった。その後、何故か三人でそのお菓子を奪い合う事になって――ぎゃーぎゃー喚く僕達に 「こんな日まで喧嘩するんじゃない!」って母さんとばっちゃんに怒鳴られ、三人で泣いたっけ。思い出して、くすりと笑った。 笑いながら、ふと胸に引っかかりを覚えて眉を顰める。 なんか今の思い出で、見落としがあったような……気がした。 「……衣装だ」 無意識に呟いた言葉に、ようやくピンときた。そう、衣装だ。あの時三人で着ていた衣装、今日着ていたのと同じなんだ。 吸血鬼の格好した僕達と、魔女のウインリィ。何でもっと早くに気がつかなかったんだろう。 「あれ……初めっから用意してあったんなら、魔女なんてしなくても良かったんじゃ……」 最終的に僕は吸血鬼の衣装を着る事になっていたのなら、あんなの初めから用意する必要ないわけで。 説明を求めるように兄さんを見れば、バツの悪そうな顔をしながら視線を逸らした。 「あー……もしかしたら着てくれるかなぁ、と思いまして」 「兄さん、夕食の時の言葉、本気だったんだね……変態」 「おいおい、兄ちゃんに変態はないだろ」 いや、もうそれしか言う言葉ないですから……とは言わずにじっと半眼で睨むと、おもむろにシーツに隠れてしまった。 都合が悪くなったら隠れるなんて、子供なんだから……頭まですっぽりとシーツを被った兄さんへ、聞こえるように大きな溜息をついた。 「ごほん、あー、とりあえずだな」 わざとらしく咳払いをしてシーツの中からもそもそと話し始める。 幾分聞き取り難かったけど、静かな室内では十分兄さんの言葉は届く。 「今までは忙しくて、パーティなんてする暇もなかったけどよ……これからは今日みたいに、季節の行事を楽しむ時間あるんだよな」 そういえば、確かに今までは旅をしていた事もあって、そんな暇も余裕もなかったように思う。 あの時の僕らは自分達の事でいっぱいで、他に気を回すことなんてあまりなかったかもしれない。季節や行事なんて、 特に気にならなかったし、気にする必要もないとさえ思っていた。 過去を風化させたくないからと、当たり前の日常を求めることすら拒否して。 取り戻すことにいつも全力で、立ち止まるなんてしなかったから。 いつも目にしていたのに、花や空に感銘を受けたのは――きっとここ最近のこと。 未来を見つめて……もう、大好きな兄さんだけを見つめて生きても、いいんだよね? 「うん。いっぱいあるから、飽きるくらい二人で楽しもう? 出来なかったこと、いっぱいしたい」 「アル……」 被っていたシーツを剥ぎ取った兄さんが、ゆっくりとベッドから起き上がった。 はらりと揺れた金髪が、暗闇の中でも輝いて見える。嬉しそうに微笑む綺麗な笑顔に、胸がとくんと鳴った。 「ハロウィンの次はクリスマス、だもんな。すぐに年越しも控えてるし……まだまだ楽しみはいっぱいある、二人で生きている限りずっと、な?」 時は流れて季節は巡るから……一緒にいる限り、楽しみは尽きないね。 ただ二人寄り添うだけで幸せな未来は約束されてるんだから。 頷いた僕へ、兄さんが手を差し出してきた。 「その前に、いっぱいアルを抱き締めたいんだけど……駄目か?」 「いつもしてるじゃん」 可愛くない憎まれ口を叩きながらも、僕の足はベッドから冷たい床に着地していた。 兄さんのいるベッドまで数メートルしかないから、五、六歩足を進めたらすぐに着く事ができる。でもあえてすぐには向かわない。 大好きな笑顔と声で紡がれる甘い言葉を、もっと聞きたいから。 「足りない、俺はアルフォンスには貪欲なんだ」 「欲張りだね」 でも、僕も人の事はいえないな……ううん、兄さん以上に欲張りかもしれない。 金色の目に見つめられながら、歩みを一歩進める。 近づくごとに高鳴る鼓動は、いくら静かでもこの距離だとまだ聞こえないだろう。 「好きならそんなもんだろ。いつでもお前とキスしたいと思ってるし、抱きたいとも思ってる」 「兄さんのエッチ」 そう口にしても、求められて嬉しくないはずはない。それが好きな人なら尚更だ。 歩くたびにぎし、と鳴る床がカウントダウンを刻んでいるようで。 このままいけば兄さんまで二秒前って所かな? もうお互いの表情がはっきりと見える位置まで来ている。 「愛してる」 「僕も」 愛してる、なんてまだ言い慣れないからいつも「僕も」と答えてしまう。 いつかきちんと言葉に出来る日がくればいい。 僕を待つ掌が、すぐ傍にある。 僕を見つめる瞳が、真下にある。 僕を待つ兄さんが――そこにいる。 「おいで、アルフォンス」 名を呼ぶ甘い声に誘われて、僕は一気に兄さんへと抱きついた。二人分の体重を乗せたベッドがぎし、と軋んだ。 勢いよく飛び込んでも難なく受け止めてくれる腕が、腰を引き寄せて身体が密着した。間近で笑む兄さんの瞳が、 まるで僕を包み込むように見つめてくる。 「顔、赤いぞ……心臓も、バクバクいってる」 「兄さんの言葉のせいだよ……食べたお菓子よりも甘かったから、ね」 ハロウィンの甘いお菓子なんて目じゃない。 兄さんの首元へ腕を絡めつつ、背後にあるベッドへ倒れこめば自然と押し倒される形になる。 柔らかなシーツの感触が背に当たり、反転した視界にはキスの距離にまで近づいた兄さんが映った。 「今度は、身体に甘いものたくさんやるよ」 腰を抱く手がパジャマの裾から進入して、身体のラインを辿っていく指先にふるりと震えた。 「ん……頂戴?」 「……んな可愛い事言ったら、悪戯したくなるんですが、本気で」 ごくり、と喉を鳴らし、どこか困った表情を浮かべる兄さんに笑いかける。 ハロウィンはお菓子だけの日じゃないこと、忘れてない? 「ハロウィンには甘いものも、悪戯も必要不可欠でしょ?」 兄さんの流れる金髪を一房掴んで引き寄せれば、ちゅっと音を立てて唇が重なった。 驚く兄さんの表情を最後に瞼を閉じる。 「ハッピーハロウィン」 大好きなあなたと過ごす、甘いハロウィンはこれから。 「ハッピーハロウイン」H17.11.3