「俺はお前が好きなんだぞ、アルフォンス」 「はいはい、わかってますよ……」 「そこは僕もだよ兄さん抱きしめて! と言うべきじゃないのか?」 「……殴るよ?」 外だから離れて、って普段なら言っていると思う。 でも今の僕は大人しく兄さんに抱かれて、その心地よい腕の中で目を瞑り、心臓の音を聞いていた。 雨脚は一層激しさを増している。地面を打つ雨が跳ねて、屋根の下にいる僕達の衣服を濡らし始めていた。 今日は一日晴れだって聞いていたから、お弁当を持って遠出の散歩に出かけたのに。 誰も使っていないらしい寂れた小屋の前、僕達は長いこと雨宿りを強いられていた。 「あったかいね」 盛大な雨音に掻き消されてしまわないかな? なんて心配もしてみたけど、一層強められた腕の力で杞憂だったことを知る。 耳元で「落ち着く」と囁いた兄さんの吐息がくすぐったくてたまらない。 手を繋ぐだけで満足していたのに何時の間にかこうして抱き合っている。 誰かに見られるかもしれない……常に怯えている現実のラインを飛び越えてしまったのは、雨のせい。 滝のように降る雨によって白く煙る視界が、僕達を煽っていた。 「俺はお前が好きなんだ、アルフォンス」 「……僕も好き、だよ」 先程よりも少し早くなっている兄さんの鼓動。その音に聞き入っていると、雨の音が遠くなっていく。 「本当に、離れたくないな」 「あとどれくらいで雨上がると思う?」 「そうだな……」 僕の肩から顔を上げた兄さんにつられて、視線を遠い彼方へ投げかける。 「……キス、しちゃおうか?」 白く煙る世界は果てしなく、でも時間は容赦なく流れている。 けして手に入らない永遠を望むのは、こういう時だ。 「問う時間があるならすぐにキスしなさい。晴れても知らないぞ」 「晴れても、してたでしょ?」 「勿論。アルを我慢するなんて無理」 眩い程の笑みを浮かべたままの唇がしっとりと重なる。思っていた以上に兄さんの唇は熱かった。 開いたままの瞳の先には、ゆっくりと、しかし確実に表情を変えゆく空がある。 あの空に比べれば、僕の人生は一貫している。 生まれてから今まで、きっとこれから先も隣には兄さんがいるだろう。 変わらないと信じている。信じられる。 だって、大好きな人は誰よりも知っている兄さんなんだから。 離れたくない、伝えられない代わりに唇を深く重ねて少しでも長く、雨が続くことを願った。 「お題SS:離れたくない」H23.8.3