jealousy





「愛してるよ」 「……」  兄さんが一番好きな言葉を出来る限りの笑顔で言っても、態度は軟化することはなく。  デカイ図体した大の男が頬を膨らませ、けして視線を合わせようとしない姿は我が身内、恋人という贔屓目を抜いても情けなく思うしかない。 さっきから横顔しか見せない兄さんに、これみよがしに大きな溜息をついた。 「エルリック大尉……兄さん?」 「……」  無言、ですか。  ここまで来るとお手上げだ。というか、僕は何故兄さんが拗ねてるのかまず判らなかった。だから対応策も立てられない。  こっちだって恥かしい思いをして「好き」だよとか「愛してるよ」なんて何十回も言ってるのに、無言のままで。  ただ一つだけ判ることは、拗ねている原因はきっと僕絡みだということ。……もう毎度のことだ。 「ね、兄さん。話してくれなきゃ判らないよ? 僕はどうしたらいいのさ?」 「……」  問いかけて、兄さんが座る来客用のソファーの隣に腰掛けた。沈黙の姿勢を崩さない兄さんの代わりに、革張りのソファーが一人分の重みを受け音を立てる。 「……話してよ、もう昼休憩終わっちゃうからさ」  不貞腐れる兄さんの向こう、壁に取り付けられた時計は休憩終了の十分前を示していた。この部屋の主である兄さんはいいけど、  僕は自分の職場に戻らなければならない。しかもここから結構離れてるから、そろそろ部屋を出ないとまずい。 「……俺の元で働けば良かったんだ」  ようやく口を開いたと思ったら、働き始めてから何度も聞かされた台詞。まだ言ってるよ、と呆れる半面、やっと話してくれる気に  なってくれたらしい兄さんの、膝に置かれた手に自分の手を重ねた。白い手袋越しでも伝わる温かい熱に、どこかほっとしてしまう。 「働く兄さんの姿を見られないのは残念だったかな」  込み上げる笑いを堪える事無く、くすくすと笑う僕に兄さんは横目でジロリと睨んでくる。 「……お前は愛想が良すぎる」 「え?」 「……さっき見たんだよ。お前が楽しげに俺の部下と話す姿を。あいつ、普段はクソ真面目な顔して俺には笑みの一つも向けねぇくせに、デレデレしやがって……」 「……あー」  苛々した口調で紡がれる言葉に間延びした声を漏らしながら、部屋に向かう最中に出会った、兄さんの部下だという眼鏡の男性を思い出す。  研究者然とした風貌ながら堅苦しさもなく柔和な印象を受ける男性との会話を思い返してみるも、兄さんが邪推するような雰囲気でも会話でもなかったんだけど。 「あれはね、いつも上司にお世話になってますって、挨拶されたの」 「挨拶だけか?」  疑うような目つきでこちらを見る兄さんにはさすがにムッとしてしまう。 「あとは……いつもあなたの事を楽しげに話されるから、初めて会ったのに昔からの知り合いみたいな感覚です、って言われた。  ……兄さん普段から何話してるのさ、すごく恥かしかったんだからね!」 「大尉の言葉通り、可愛らしい」と微笑まれた、恥かしい気持ちも判って欲しい。  兄さんが拗ねる原因はある意味、自分が蒔いた種じゃないか? 正直、睨まれる筋合いはないと思う。  金色の眼光に負けじと睨みつけるも、兄さんの態度は相変わらずで少しの申し訳なさすら見当たらない。 「……別に変なことは話してない」  目を見ずに呟くからまだ何かあるんだな、と直感めいたものを感じる。  僕は兄さんに関する勘には結構、自信があるから。 「もうっ、一切僕のこと話さないで。まともに仕事出来なくなっちゃうよ」 「へいへい」  適当な返事で流されることに慣れているからいちいち間に受けて怒ることはしないけど。  また近い将来、同じような事があるだろうことは過去の経験から明らかで、溜息の一つや二つ簡単に零れてしまうのは仕方がない。 「原因もわかったことだし……僕もう行くね」  時間を確認してソファから立ち上がり、兄さんに背を向けてドアへと足を向けて。  ふと、兄さんの部下が嬉しそうに話していた台詞を思い出して足を止めて振り返る。 「そういえばね、兄さんのこと良い上司だって言ってたよ。良かったね?」  兄を褒められるのは弟の僕としても嬉しいことで、兄さんも不機嫌さをぶっ飛ばす勢いで喜ぶんじゃないかなと思ったものの、  返って来た言葉は「そうか」という素っ気無い一言。でも、真っ赤に染まりゆく兄さんの耳が隠れている心を如実に表しているよう。  結構不遜に生きている兄さんも、面と向かって褒められることには慣れてないらしく(この場合は間接的なんだけど)滅多に見られない照れた様子に、思わず吹いてしまう。 「なんだよ? とっとといけ、食っちまうぞ」 「あ、残念。仕事なかったら食べてもらいたい所だったよ」  笑われてご立腹の兄さんに、ここで手が出せないことを承知の上で近づいて、音を立てて口付けた。  いきなりの口付けにぴくりと背を揺らした身体に、重ねた唇を撓らせる。 「……意地悪いな、お前」  離れた唇を追いかけるように口付けられて小さな呟きが肌を撫でた。   「嫉妬はほどほどにしてね?」 「……俺の仕事の一つだ」  ムスリとした声音で返ってきた答えに、プッと吹き出す。 「何それ。される方の身にもなってよ。貴重な昼休憩がダンマリって、結構辛いんだからね。短い時間なんだから笑って過ごそうよ」  「努力する」  口元を撓らせ、笑みを作る兄さんに僕も笑いかける。  魅力的な笑顔につられてまたキスしたいなって思ったけど、さすがに仕事には間に合わないかな? と考えてる合間に兄さんから唇を塞がれてしまった。  ちらりと見た時計では昼休み終了のギリギリを指していて内心、冷や汗。  さすがに仕事に支障を来たすようなことはしたくないけれど、背に回った大きな手の熱に時間を忘れてしまいたくなる。  やっぱり同じ職場じゃなくてよかったかもしれない――大好きなひとの側にいたらきっと仕事も手に付かない。  家でもずっと側にいるのに際限のない感情に我ながら呆れてしまう。  でもこれが好き、って感情なんだよね。  今日はお互い残業なくてよかったね、そう囁くとでれっとだらしなく顔を緩めた兄さんも。 「大好き」  本当、恋は盲目だね。                                            「jealousy」H20.1.21

 

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